見知らぬひとに 山之口貘
見知らぬひとに
貧しい私の胸の鼓動が
おゝあなたを見たとき
どんなに速かになつたことでせう
見知らぬか愛ひとよ
私は何のためにペンを握つたのでせう………
見知らぬひとへ何かを書くとき
私はなぜ動悸の急ぎを見るのだらう
おゝあの優しい頰せるひとよ!
素朴な生活に育まれて行かうとする
か哀相な貧しい私を
あの温い美しい指先に書かれる
優しい懷しい詩や歌で
慰めて下さることは出來ないのでせうか?
[やぶちゃん注:底本では末尾に下インデントで『一九二二・二・一八』とある。大正一一(一九二二)年三月十一日附『八重山新報』に次の「愛――B姉に捧ぐ」とともに掲載された。ペン・ネームは「三路」。]