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2014/06/21

耳嚢 巻之八 チンカと云病銘の事

 チンカと云病銘の事

 

 北海の人、最初に足赤く星の如くあざのごときもの出來て、漸々黑くなり、齒莖など黑くなりて、凡(およそ)百日に餘り死せし由。其病ひ亞港(ヲロシヤ)の地などは多く、チンカといふよし。醫宗金鑑外科部(いそうきんかんげかぶ)に、靑腿牙疳(せいたいがかん)とあるは右のチンカの事にて、右治療の法は、右の金鑑にあり。もゝの黑くなりし處は、針して血を取(とり)てよしとある由。與住(よずみ)醫生(いせい)來りて物語りなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし。謂わば、本格疾病シリーズの一つ。この病気は明らかにビタミンC欠乏症である、体の各器官で出血性障害が発生し、特に歯肉の出血(及びそれに伴う歯の脱落)が見られる壊血病の症状である。それにしても、鎖国の当時としては、樺太から直に南下して得られたそれとは思われず、それこそシベリアを西へ向かい、欧州を経て、喜望峰を廻り、インド洋から中国を経由、迂遠な旅をして長崎までやって来た情報であろう。それにも拘わらず、正確なロシア語の音を記しているということは驚くべきことであるように思われる。

・「チンカ」現行ロシア語で「壊血病」を意味する“цинга”(ツィンガー)である。

・「足赤く星の如くあざのごときもの」底本では右に『(尊經關本「足江赤星の如あざの如き者」)』と傍注する。

・「亞港(ヲロシヤ)」は底本のルビ。ここでは「ヲロシヤ」とルビを振って漠然とした広範囲のロシアの汎名として用いているようにも見えるが、「亞港」は狭義にはサハリン(樺太)島北部の古都アレキサンドロフスク=サハリンスキーの日本名の呼称である。因みに「おろしや」の「お」は発音し易くするための接頭語として附したもので、ネット上では一説に古語ではラ行音が発音し難い音として嫌われており、奈良時代まではラ行音を語頭に置かなかった、発語に当該行の音が来ることを避ける傾向があったからともいう(例えばこちらのQ&A「日本語はなぜ「ラ行」が嫌い?」を参照されたい)。

・「凡百日に餘り死せし由」ウィキ壊血病」によると、十六世紀から十八世紀の大航海時代にはこの壊血病の原因が分からなかったために船乗りには海賊以上に恐れられた。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見の長期航海に於いては百八十人の船員のうち百人がこの重度のビタミンC欠乏症によって死亡しているとある。一七五三年になって、『イギリス海軍省のジェームズ・リンドは、食事環境が比較的良好な高級船員の発症者が少ないことに着目し、新鮮な野菜や果物、特にミカンやレモンを摂ることによってこの病気の予防が出来ることを見出した。その成果を受けて、キャプテン・クックの南太平洋探検の第一回航海』(一七六八年~一七七一年)では、『ザワークラウトや果物の摂取に努めたことにより、史上初めて壊血病による死者を出さずに世界周航が成し遂げられた』。但し、『当時の航海では新鮮な柑橘類を常に入手することが困難だったことから、イギリス海軍省の傷病委員会は、抗壊血病薬として麦汁、ポータブルスープ、濃縮オレンジジュースなどをクックに支給していた。しかし、これらは加熱によってビタミンCが失われているため、今日ではまったく効果がないことが明らかになっている。そして主にザワークラウトのおかげだったことが当時は分かっておらず、さらにクックは帰還後に麦汁を推薦したため、結局長期航海における壊血病の根絶はその後もなかなか進ま』ず、『ビタミンCと壊血病の関係が明らかになったのは』、一九三二年のことであったとある。因みに「卷之八」の執筆推定下限は文化五(一八〇八)年夏である。

・「醫宗金鑑外科部」清の乾隆四(一七三九)年刊行の乾隆帝勅撰、医官呉謙らの編になる九十巻の漢方医学全書。臨床的で実用的な医学書として高く評価された。

・「靑腿牙疳」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『靑眼牙疳』とするが誤写。「醫宗金鑑外科部」の「外科卷下 股部」の最後に「靑腿牙疳」とある。私は読みこなせる訳ではないが、識者の参考に供するために中文サイトより当該部分を引用しておく(一部の漢字表記と記号を変更、一部の改行を続けた。中間部の服用塗付処方の薬剤のパートは割愛したが、本文にも出る皮下出血の瀉血法は残した)。

   《引用開始》

靑腿牙疳

【方歌】靑腿牙疳何故生、只緣上下不交通、陽火炎熾陰寒閉、凝結爲毒此病成。靑腿如雲茄黑色、疲頑腫硬履難行、牙疳齦腫出臭血、穿破腮唇腐黑凶。

【注】此證自古方書罕載其名、僅傳雍正年間、北路隨營醫官陶起麟頗得其詳。略云軍中凡病腿腫色靑者、其上必發牙疳。凡病牙疳腐血者、其下必發靑腿、二者相因而至。推其原、皆因上爲陽火炎熾、下爲陰寒閉鬱、以至陰陽上下不交、各自爲寒爲熱、各爲凝結而生此證也。相近地、間亦有之、邊外雖亦有不甚多、惟地人初居邊外、得此證者、竟十居八九。蓋中國之人、本不耐邊外嚴寒、更不免坐臥濕地、故寒濕之痰生於下、至腿靑腫、其病形如雲片、色似茄黑、肉體頑硬、所以步履艱難也。又緣邊外缺少五穀、多食牛、羊等肉、其熱與濕合、蒸瘀於胃、毒火上熏、致生牙疳、牙齦腐腫、出血、若穿腮破唇、腐爛色黑、即爲危候。邊外相傳、僅有令服馬乳之法。麟初到軍營診視、靑腿牙疽之證、亦僅知投以馬乳。歷既久、因悟馬腦之力、較馬乳爲效倍速、令患者服之、是夜即能發出大汗、而諸病減矣。蓋腦爲諸陽之首、其性溫暖、且能流通故耳。兼服活絡流氣飲、加味二妙湯、宣其血氣、通其經絡、使毒不得凝結。外用砭法、令惡血流出、以殺毒勢。更以牛肉片貼敷、以拔出積毒、不數日而愈。蓋黑血出、則陰氣外泄、陽氣即隨陰氣而下降、兩相交濟、上下自安也。由是習爲成法、其中活者頗多、因不收自私、著之於書、以公於世、並將所著應驗諸方、備詳於後。

[やぶちゃん注:中略。]

又方 砭刺出血法

方法 用三棱扁針、形如錐挺者、向腿之靑黑處、勿論穴道、量黑之大小、針一分深、或十針、二十針俱可、務令黑血流出。外以牛肉割片、貼針眼並黑處。次日再看、如黑處微退、仍針仍貼。如無牛肉、當頂刺破、用罐拔法。

[やぶちゃん注:中略。]

不治

一 形氣衰敗、飲食不思者不治。

一 牙齒俱落、紫黑流血、腐潰穢臭者不治。

一 腿大腫腐爛、或細乾枯者不治。

   《引用終了》

以上は管見する限りに於いてやはり壊血病の症状を記している。但し、この瀉血法は効果があるとは思われないし、寧ろ、感染症の危険が高まるように思われる。

・「與住醫生」多出。根岸の主たる情報屋の一人で、初出の「人の精力しるしある事」の鈴木氏注に『与住玄卓。根岸家の親類筋で出入りの町医師』とある。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 チンカという病名の事

 

 北の海辺に住まう人で、最初に下肢の股などの、皮膚の薄い部分に、赤く星の如き、痣(あざ)のようなものが出来て、それが消えぬままに黒くなり、特に桃色であるべき歯茎が真黒になるという。そうして、そうなってしまうと凡そ百日も経たぬうちに亡くなるという。

 その病い、特に露西亜極東の樺太島北方にある都、亜港(あこう)の地などでははなはだ多く、現地の言葉で「チンカ」という、とのことである。

 清の医学全書「醫宗金鑑外科部(いそうきんかんげかぶ)」に、「靑腿牙疳(せいたいがかん)」とあるのは、正にこの「チンカ」のことを指しており、その治療法がこの「醫宗金鑑外科部」にも記載されてあって、皮下や粘膜・歯肉などの黒く変色してしまった患部には、針を刺して血を取るのがよい、と記しあるという。

 例の与住医師が、先般、私の元へ参った折りの物語である。

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