萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「何處へ行く」(21) 酒場の一隅より(Ⅰ)
酒場の一隅より
薄暗き酒場の隅にあるひとが
我に教へし道ならぬこと
[やぶちゃん注:これは朔太郎満二十四歳の時、『スバル』第三年第四号(明治四四(一九〇三)年四月発行)に「萩原咲二」名義で掲載された一首、
薄暗き酒場の隅に在るひとが我に教へし道ならぬ道
の表記違いの相同歌である。]
賭奕(ばくち)はも如何に樂しきその錢を
持ちて女を買ふは尚よき
[やぶちゃん注:「賭奕」はママ。]
くどくどと佛頂面にかのやから
何ごとを説く春の灯のまへ
あることを知らで言ひしが不覺にも
わが一生のあやまちとなる
もるひねを計(はか)りあたへよぴすとるを
のんどにあてよたれかとくせよ
あゝ遂に今日も死にえずぴすとるを
ふところにして酒店に入る
學校を追はれし我がさかしげに
世を罵れば親はまた泣く
悲しきは生をしたへる執心が
また一方に死を願ふこと
我をよく誰れか如何にととかせよ殺すとか
あるひは活かすとかいづれにかせよ
[やぶちゃん注:「あるひは」はママ。]
人竝に可笑しきことも言ひ居れば
誰れか知るらん死を願ふ子と
酒を飮むその時の外の我を見れば
生きてあるごとし死にてあるごとし
醉ひどれの臭き息をば酒のまぬ
ときに嗅ぐより悲しきはなし