橋本多佳子句集「紅絲」 寧楽
寧楽
[やぶちゃん注:「寧楽」は奈良の古表記。]
春日神社節分宵宮 二句
万燈のどの一燈より消えむとす
離るれば万燈の燈(ひ)となりにけり
野の鹿も修二会(しゆにゑ)の鐘の圏(わ)の中に
[やぶちゃん注:「修二会」国家安泰を祈る法会で、ここは東大寺のそれ。所謂、お水取りである。同寺の修二会の本行は現在は新暦三月一日から十四日までの二週間に亙って二月堂で行われる。]
修二会僧女人のわれの前通る
つまづきて修二会の闇を手につかむ
凍る火の焰を割(さ)きて僧頒つ
春日野あたり
野火燃やす男は佳(よ)けどやすからず
がうがうと七星倒る野火の上
野火あとに水湧く火(ほ)中にても湧きし
唐招提寺
蛇いでゝすぐに女人に会ひにけり
蛇を見し眼もて彌勒を拝しけり
吾去ればみ仏の前蛇遊ぶ
唐招提寺道
ゆきすがる片戸の隙も麦の金
[やぶちゃん注:「ゆきすがる」道行くに便りとする(ところの農家のその)という謂いか。]
手に拾ひ金色はしる麦一と穂
東大寺 法華堂 月光菩薩
初蝶に合掌のみてほぐるゝばかり
[やぶちゃん注:この「ほぐるゝばかり」は作者の心がやわらぐの謂いとしかとれないが、そうすると如何にも飛躍に欠いた説明的なつまらない句となる。寧ろ、蝶がとまって羽を畳んでまた羽ばたくというさまを「ほぐるゝばかり」と表現したとすればこれは面白いが、そう解釈するには中七の「合掌のみて」の叙述に無理がある。]
興福寺
北庭に下りて得たりし蝸牛
仏母たりとも女人は悲し灌仏会
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