書室にて 山之口貘
書室にて
書室の障子を開けると
隣り屋敷のセンダンの
背景の空は
白く淡黑くぼかされてゐる
温かそうに
肌に冷やかに觸れる風の
初秋の風よりも、心地よいことよ
地上のあらゆるものの上を
風は何處までも
波形に流れ行く
おゝ冬の半ばに
最早春の氣分が、
私かに侵してゐる。
[やぶちゃん注:「私かに」は「ひそかに」と読め、誤字ではない。大正一一(一九二二)年二月二十一日附『八重山新報』に「三路」のペン・ネームで、前の「道路の運命」「靜かな夜」とともに三篇掲載された。この詩のみクレジットがない。
「センダン」ムクロジ目センダン科センダン
Melia azedarach 。別名、楝(おうち)。五~六月の初夏、若枝の葉腋に淡紫色の五弁の小花を多数、円錐状に咲かせる(ここから別名で「花おうち」とも呼ぶ)。因みに、「栴檀は双葉より芳し」の「栴檀」はこれではなく全く無縁の異なる種である白檀の中国名(ビャクダン目ビャクダン科ビャクダン属ビャクダン
Santalum album)なので注意(しかもビャクダン
Santalum album は植物体本体からは芳香を発散しないからこの諺自体は頗る正しくない。なお、切り出された心材の芳香は精油成分に基づく)。これはビャクダン
Santalum album の原産国インドでの呼称「チャンダナ」が中国音で「チャンタン」となり、それに「栴檀」の字が与えられたものを、当植物名が本邦に伝えられた際、本邦の楝の別名である現和名「センダン」と当該文字列の音がたまたま一致し、そのまま誤って楝の別名として慣用化されてしまったものである。本邦のセンダン
Melia azedarach の現代の中国語表記は正しく「楝樹」である。]
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