橋本多佳子句集「紅絲」 鹿
鹿
二月尽林中に鹿も吾も膝折り
野火跡を鹿群れ移る人の如
野火あとに雄鹿水飲む身をうつし
仔鹿駆くること嬉しくて母離る
万緑やおどろきやすき仔鹿ゐて
乳(ち)飲む仔鹿四肢張り尾上げ露まみれ
○
袋角(ふくろづの)指触れねども熱(あつ)きなり
[やぶちゃん注:「袋角」鹿の若角。鹿類の角は毎年抜け落ちるが、その、一般に夏に生え替わったばかりの皮を被って瘤のようになっているものをいう。当初、外側は毛の生えた皮膚に覆われていて、その内側に血管が通っていて栄養を補給し、その中心に骨質が形成される。十分に伸長すると血液が止まり、外側の皮膚は死んで乾燥し見慣れた角になる。夏の季語。]
袋角鬱々と枝(え)を岐ちをり
袋角神の憂鬱極りぬ
袋角見し瞳(め)瀆れてゐたりけり
袋角森ゆきゆきて傷つきぬ
○
秋は
息あらき雄鹿が立つは切なけれ
背を地にすりて妻恋ふ鹿なりけり
雄鹿の前吾もあらあらしき息す
寝姿の夫(つま)恋ふ鹿か後肢抱き
女(め)の鹿は驚きやすし吾のみかは
にはたづみ鹿跳び遁げてまた雲充つ
○
一つづゝ落暉ふちどるみは冬鹿
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