虐げられるもの 山之口貘
虐げられるもの
薄暗い部屋の中に
淋しく、雨の降る音は聞える
濕つた部屋の中に、私は
人生の聞きいたしい悲鳴を聞き
てそして自分も悲鳴をあげてゐ
るあゝ多くの
人間の氣の暴惡さが
しみじみ私の
胸を刺して止まない……
弱いものの昨日の勇健は
今總てに制抑されつゝ
か哀相にも
瞳を閉ぢて泣いてゐる。
[やぶちゃん注:底本では末尾に下インデントで『一九二二・一・一八』とある(前の「Y生へ」と同日)。大正一一(一九二二)年二月十一日附『八重山新報』にやはり前の「Y生へ」とともに掲載された。ペン・ネームは「佐武路」。以上は、最も不可解な「人生の聞きいたしい悲鳴を聞き/てそして自分も悲鳴をあげてゐ/るあゝ多くの」の文字列を含め、底本とした思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の解題に基づいて復元した掲載紙本文の文字列そのものである。但し、同新全集ではこれを誤植と断じて本文を以下のように『意味が通るよう掲載紙本文を修正し』(解題)ている。正字化して示す。
虐げられるもの
薄暗い部屋の中に
淋しく、雨の降る音は聞える
濕つた部屋の中に、私は
人生のいたいたしい悲鳴を聞きて
そして自分も悲鳴をあげてゐる
あゝ多くの
人間の氣の暴惡さが
しみじみ私の
胸を刺して止まない……
弱いものの昨日の勇健は
今總てに制抑されつゝ
か哀相にも
瞳を閉ぢて泣いてゐる。
概ね穏当な『修正』とは言えるが、しかし例えば、この錯雑した文字列からは、
人生の悲鳴を聞きていたいたしい
そして自分も悲鳴をあげてゐる
や、
人生の悲鳴を聞いていたし
そして自分も悲鳴をあげてゐる
を引き出すことも可能ではある。私はこれほど文字列の錯綜があり、原稿草稿もない場合(解題の書き方からはそうした校合可能な何物かがあるようには思われない)、寧ろ、本文では不可解な文字列のママの形を採り、解題で校訂案を提示するのがよいと考えている。一言附しておく。]
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