日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十三章 アイヌ 3 小樽から札幌へ 張碓カムイコタン
はるか遠くには、函館へ帰って行く我々の乗船が見えた。美事な懸崖もいくつか過ぎたが、その一つには端の広い分派瀑がかかっていた。私は日本へ来てから、いまだかつてこれ程画家の為の題材の多い場所を見たことがない。鉛筆や絵筆を使用したい絶景が、実に多かった。図369はそれ等の景色の一つで、場所はカマコタンと呼ばれ、長い、鸞曲した浜を前に、高さ八百フィートの玄武岩の崖が聾えている。所々で、これ等の崖は、最も歪められた石理(いしめ)を見せていた。玄武岩の結晶が完全なのである。非常な量で流れ出した熔岩が、冷却するに従って、次から次と、火のような流れが結晶したのである。石理は写生すべく余りに複雑であった。
[やぶちゃん注:「端の広い分派瀑」原文は“a broad cascade”。幅広く階段状に連続する滝。
「カマコタン」底本では直下に石川氏の『〔神威古潭〕』の割注が入る。原文は“Kamakotan”。ウィキの「「カムイコタン」によれば、『アイヌ語の地名で、カムイ(神)+コタン(村、居住地)すなわち「神の住む場所」を意味する。北海道および周辺島嶼で見られ、神居古潭(古丹)・神威古潭などと漢字表記される』。『地形の面や神聖な場所であるとして、人が近寄りがたい場所にしばしばこの名が付けられる』とある。このカムイコタンは現在の小樽市張碓(はりうす)町朝里付近の石狩湾沿いにあるもの。C62星人氏のブログ「楽しい旅は手作りの企画で」の「神恵内旅と小樽、海を眺めながら散策(張碓編1)」の下から三番目の『朝里海岸から見ると、岬の突端は「カムイコタン」の場所』というキャプションのある写真の先端部が緑で覆われているものの、形状が崖の形状がモースのスケッチとよく一致する。
「八百フィート」二四三・八メートル。国土地理院の地図で見ると、この位置の附近の尾根上の高度表示に二五四メートルとある(その尾根は更に南に登って五〇〇・八メートルの石倉山に延びている)。]
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