出癖 山之口貘
出癖
ぼくは毎日
家を出て行つた
勤めてなんかゐるのではないのだが
ぼくのなかにはいまもつて
むかしのまゝの放浪がゐるのだ
放浪はいつも風を呼び
ぼくのことを誘ひ出しては
紙屑みたいに風ぐるみにするのだ
ぼくはそのたびごとに
女房こどものことを置き去りにして
地球のあちこちをうろつき廻るのだ
ときには女房こどもが
風のけはひに文鎮ぶつて
またかとむかしたりしないでもないが
用あるふりして
出かけるのだ。
[やぶちゃん注:恐らくは未発表の一篇で創作は底本解題によれば推定で昭和二八(一九五三)年頃とする(詳細は当該新全集を参照されたい)。バクさんはこの推定年に先立つこと、五年前の昭和二十三年三月に生涯唯一度の定職であった東京の職業安定所勤務を辞し、文筆一本の生活に入っている。当時、バクさんは五十歳、「こども」のミミコ(泉)さんは未だ九つであった。]
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