橋本多佳子句集「紅絲」 草矢
草矢
農場にて
我等の結婚を記念して九州別府市外高城
丘陵を開墾して二十年、果樹漸く茂りし
頃、夫の死にあひ女手に煩はしきこと多
く漸次衰退に向ふとき戦争となり、終戦
後農地改革の為めに全農場買上げの運命
に会ふ。
東に別府湾燦き、西に鶴見、由布嶽など
美しき山々重なり思出多き地なりし。
燦々とをとめ樹上に枇杷すゝる
枝にあるをとめの脚や枇杷をもぐ
枇杷を吸ふをとめまぶしき顔をする
牛飼のわが友五月来りけり
草矢射る山の子草矢射らすは音
虹新し田にてをとめの濡れとほる
八方へゆきたし青田の中に立つ
炎天に松の香はげし斧うつたび
炎天の梯子昏きにかつぎ入る
薔薇色の雲の峰より郵便夫
暑の中に吾をうつさず鏡立つ
祭太鼓うちてやめずもやまずあれ
踊りゆくどこまでも同じ輪の上を
一ところくらきをくゞる踊の輪
爪立てども切れたる虹のつながれず
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