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2014/07/07

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十三章 アイヌ 12 二種類の犬のこと

 この地方の犬は、二種類にわかれている。その一種は、形も色もエスキモーの犬に似ているが、他の種類は色、形、動作、房々した尻尾等が、殆ど全く狐みたいである。若し狐と犬との混血児をつくることが出来るものならば、この種の動物には確かに狐の血が入っている。どの部落にも一群の犬がいる。夜になると彼等は、猫に似て、猫よりも一層地獄を思わせるような音を立て、甚だ騒々しい。彼等は唸ったり号泣したりするが、決して吠えぬ。ダーウインは彼の飼馴動物の研究に於て、薫育された状態から半野生の状態に堕落した犬は、吠えることを失い、再び唸るようになると観察した。犬と関係のある野生動物は決して吠えず、唸るだけである。

[やぶちゃん注:「この地方の犬は、二種類にわかれている」最初の「形も色もエスキモーの犬に似ている」というのは東北地方から近世近代に移入された秋田犬の原種と目される「秋田マタギ」と呼ばれるマタギ犬(山岳狩猟犬)、後者の「色、形、動作、房々した尻尾等が、殆ど全く狐みたい」な犬というのは、そのマタギ犬の祖形である縄文犬が縄文初期の古い時代に縄文人によって東北地方から北海道へ渡る際に同伴されて移入されて(異説もある。リンク先を参照されたい)独自に変異した北海道犬のことを指しているように思われる。アイヌは古くからこの後者の北海道犬を「セタ」と呼び、ヒグマやエゾシカの獣猟に用いてきたとウィキ北海道犬」にあるから、モースの「どの部落にも一群の犬がいる」という叙述と合致し、「決して吠えぬ」というのが、吠えない訳ではないものの北海道犬の特徴として無駄啼きをしないという特徴とも一致するように思われる。また、同ウィキの写真の体毛の色や特徴として挙げてある『三角形の小さな「立ち耳」』『目尻が吊り上がった、三角形の小さな目』『背中の上に巻いた「巻き尾」、あるいは半円状の「差し尾」』というのは遠目に見た場合、狐に似ていると言えなくもないように私には思われる。

「ダーウインは彼の飼馴動物の研究に於て、薫育された状態から半野生の状態に堕落した犬は、吠えることを失い、再び唸るようになると観察した」これはダーウィンの“The Expression of the Emotions in Man and Animals” (一八七二年刊・「人及び動物の表情について」)に拠る記載と思われるが、私の持つ邦訳書(一九三一年岩波文庫刊・浜中浜太郎訳)を管見した限りでは、今のところ、ぴったり一致する箇所を見出せないでいる。かなり近い叙述は「第四章 動物の表情手段」の冒頭近くに出る以下の箇所である。

   《引用開始》

中には、憤激した時、其威力と残虐とによつて敵を畏怖させようと努めるものもある。ライオンの咆哮、犬の唸りの如きがそれである。私の推察では、彼等の目的は畏怖せしめるにある。何故かといへば、ライオンはそれと同時に鬣(たてがみ)を立て、犬は背部に沿うた毛を逆立て、かくして出来る丈自分の身體を大きく且つ恐ろしく見せるからである。敵同士の牡は聲(こゑ)によつて互に相手を負かし、挑まうとし、之がために猛烈な鬪爭となる。斯様にして、聲は、それが如何やうに起されるにしても、その使用は憤怒の情緒に聯合して了ふのである。吾々は又、烈しき苦痛も亦激怒のやうに猛烈な怒號を惹き起し、叫喊することそれ自身が何程かの救苦と成ることを見たが、かくして音聲の使用は如何なる種類の苦痛とも聯合して了ふのである。

 色々な情緒や感覺の下にさまざまな音聲が發せられる原因は、甚だ不明な論題である。又種々の音聲には何等か著しい相違があるといふ法則は常に必ずしも妥當しない。例へば、犬の場合に、憤怒の吠聲と喜びのそれとは、區別は出来るが餘り違はない。そこで、種々な心の狀態に於けるそれぞれの特殊の聲の原因若くは源泉を精密に説明することは到底出來さうもない。動物の中には、飼馴らされた後、彼等にとつて自然でない音(おん)を發する習慣を収得したものゝあることを吾々は知つてゐる[やぶちゃん注:底本ではここの右に原注記号が入るが省略する。]。飼養された犬や馴らされたジャッカルさへも、吠えることを習得したのは其例である。吠聲は犬屬の如何なる種にも固有しない音であるが、但し北アメリカのカニス・ラトランス(訳者註、吠える犬の意)は例外で、吠えるといはれる。飼鳩の中でも或種族は新しい全く特異の鳴き聲を收得している。

   《引用終了》

(訳注は底本ではポイント落ちの二行割注)。「カニス・ラトランス」は食肉(ネコ)目イヌ科イヌ亜科イヌ属コヨーテ Canis latrans のことである(コヨーテの声は“Coyote soundsで。……普通聴くことが出来ないものだが……いや、なかなかですな)。ここを熟読すると、モースが述べているように、ダーウィンは犬は本来、野生状態では所謂、「ワンワンワォー」とは吠えずに「ウーッ」と唸るのが正常であるということ、それが「薫育された状態」になるとお馴染みの「ワンワン」という吠え方を「收得」するのだと考えていたことが分かり、そこから「ところが半野生の状態に堕落した犬は、吠えることを失い、再び唸るようになる」という観察(これは私の推定であるが)を引き出すことも出来るように思われる。向後ぴったりの箇所を発見したら、この注はリライトする。]

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