はつゆめ 山之口貘
はつゆめ
そこは見おぼえのない教室だ。
先生の問いにひとりずつ立ち上がって
みんなはきはきと答えて言った
「私はバスの車掌さんになって
お客さんには親切ていねいにします」
「私は原子病になやんでいる人たちや
鼻のひくい人たちのために
整形外科の女医さんになります」
「私はよいおかあさんになつて
ふたごをうみたいとおもいます
ひとりつ子はかわいそうですから」
先生はそこでつぎと言った
ぼくはちょっと頭をかいたのだが
えいっとばかりにこえはりあげ
「人間のためまぐろのため
地球のために詩人になつて
平和を絶叫します」と叫んだ
そのときぼくの目があいた
母はぼくの肩をこずきながら
「お正月早々なんの夢見て
とんきょうなこえを出すんだよ」とわらった。
[やぶちゃん注:初出は昭和三一(一九五六)年新年特大号「小学六年生」。
これは最早、児童詩ではない。バクさんの数少ない本格の絶唱の詩である。私はこの詩なら、バクさんの反戦詩と名づけて何の躊躇も感じない。]