杉田久女句集 246 花衣 ⅩⅣ
上げ潮にまぶしき芥花楝(あふち)
[やぶちゃん注:「楝」ムクロジ目センダン科センダン Melia azedarach の別名。五~六月の初夏、若枝の葉腋に淡紫色の五弁の小花を多数、円錐状に咲かせる(ここから別名で「花おうち」とも呼ぶ)。因みに、「栴檀は双葉より芳し」の「栴檀」はこれではなく全く無縁の異なる種である白檀の中国名(ビャクダン目ビャクダン科ビャクダン属ビャクダン Santalum album )なので注意(しかもビャクダン Santalum
album は植物体本体からは芳香を発散しないからこの諺自体は頗る正しくない。なお、切り出された心材の芳香は精油成分に基づく)。これはビャクダンSantalum album の原産国インドでの呼称「チャンダナ」が中国音で「チャンタン」となり、それに「栴檀」の字が与えられたものを、当植物名が本邦に伝えられた際、本邦の楝の別名である現和名「センダン」と当該文字列の音がたまたま一致し、そのまま誤って楝の別名として慣用化されてしまったものである。本邦のセンダン Melia azedarach の現代の中国語表記は正しく「楝樹」である。]
籐椅子に看とり疲れや濃紫陽花
窓明けて見渡す山もむら若葉
歸り來て天地明るし四方若葉
新樹濃し日は午に迫る鐘の聲
欄涼し鎔炉明りのかの樹立
[やぶちゃん注:「鎔炉」の「炉」は迷ったが底本の用字を用いた。電子化している私が「鎔爐」では熔鉱炉を想起出来ないからである。]
葉櫻や流れ釣なる瀨戸の舟
降り歇まぬ雨雲低し枇杷熟れる
わがもいで愛づる初枇杷葉敷けり
わがもいで贈る初枇杷葉敷けり
手折らんとすれば萱吊ぬけて來し
稻妻に水田はひろく湛えたる
書肆の灯にそゞろ讀む書も秋めけり
語りゆく雨月の雨の親子かな
ジム紅茶すゝり冷えたる夜長かな
[やぶちゃん注:「ジム紅茶」タイ・シルクのブランドで知られるジム・トンプソンの紅茶のことか。]
領布(ひれ)振れば隔たる船や秋曇
[やぶちゃん注:「領布」上代や中古、主に女性が首に掛けて両肩から垂らした細長い白い布。羅(薄絹)や紗(しゃ)などで作られ、本来は呪具として呪(まじな)い・神事・護身のために用いられたが、後には装飾品ともなった。領巾・肩巾・比礼とも書く。]
掘りかけし土に秋雨降りにけり
ヨットの帆しづかに動く秋の湖
[やぶちゃん注:「ヨット」の拗音表記はママ。]
走馬燈灯して賣れりわれも買ふ
燈を入れて今宵もたのし走馬燈
走馬燈いつか消えゐて軒ふけし
ころぶして語るも久し走馬燈
[やぶちゃん注:「ころぶして」の「ころぶす」とはサ行四段活用の動詞「自伏(ころぶ)す」で、「ころ」は自分独りの意。自分独りは横になって、の意。相手は娘たちであろう。]
一人居の岐阜提灯も灯さざり