杉田久女句集 262 花衣 ⅩⅩⅩ
櫻の句
一 延命寺(小倉郊外) 三句
釣舟の漕ぎ現はれし花の上
花の寺登つて海を見しばかり
花の坂船現はれて海蒼し
[やぶちゃん注:「延命寺」現在の福岡県北九州市小倉北区上富四丁目にある黄檗宗東北山延命寺。恒武帝の延暦二一(八〇二)年に最澄入唐の前に一夜霊夢に感じて開山したという古刹であるが、慶応二(一八六六)年の小倉戦争で長州軍により火をかけられて焼失、その後、明治元(一八六八)年に現在の寺として再興された。ネット上の記載によれば、ここは本州との海路の玄関口でもあり、寺の高台からは関門海峡が臨めるとある。]
二 阿部山五重櫻(花衣所載) 四句
傘をうつ牡丹櫻の雫かな
[やぶちゃん注:「牡丹櫻」八重桜のこと。グーグル画像検索「牡丹桜」。]
うす墨をふくみてさみし雨の花
[やぶちゃん注:「うす墨」次の句にも出る淡墨桜は狭義には岐阜県本巣市の淡墨公園にある樹齢千五百年以上のエドヒガンザクラの古木を指し、蕾のときは薄いピンク、満開に至っては白色、散りぎわに特異な淡い墨色になり、名はこの散りぎわの花びらの色に因む(ウィキの「淡墨桜」に拠る。グーグル画像検索「淡墨桜」)。一重。これを分けたものか。]
雨ふくむ淡墨櫻みどりがち
花の坂海現はれて凪ぎにけり
[やぶちゃん注:「阿部山五重櫻」これは安部山の誤りではあるまいか? 安部山公園ならば、現在の福岡県北九州市小倉南区安部山にある。小倉南区北端部の足立山(標高五九七・八メートル)の南麓にある公園で、敷地は小倉南区安部山と湯川四丁目及び大字葛原に跨る。参照したウィキの「安部山公園」によれば、安部山の地名は、明治三八(一九〇五)年に『この地を開墾し果樹や桜を植えて公開した小倉市生まれの農業指導者である安部熊之輔に由来し』、『園内には約700本の桜が植えられており、花見の名所となっている』とある。しかし前書の「五重櫻」の意が不詳。八重ほどでないということか。しかし薄墨桜は一重であるから解せない。識者の御教授を乞う。]
三 八幡公會クラブにて 六句
掃きよせてある花屑も貴妃櫻
[やぶちゃん注:「貴妃櫻」楊貴妃桜。サトザクラ(グーグル画像検索「サトザクラ」)の一品種で花は大きく淡紅色の八重咲き。グーグル画像検索「楊貴妃桜」。]
風に落つ楊貴妃櫻房のまゝ
花房の吹かれまろべる露臺かな
むれ落ちて楊貴妃櫻房のまゝ
むれ落ちて楊貴妃櫻尚あせず
きざはしを降りる沓なし貴妃櫻
[やぶちゃん注:坂本宮尾氏の「杉田久女」によれば、六句とも八幡製鉄所の迎賓館であった八幡公餘倶楽部(現在は新日鐡の研修所である高見倶楽部)とする。するとこの前書の「八幡公會クラブ」(底本表記は「八幡公会クラブ」)の「會」は「餘」の誤りとも考えられる。]