祝電 山之口貘
祝電
あの日のことだつたよ
食べやう といふのであつたがそのくせに 僕が食べをはつたそのときまで食べやうともしないあなたであつた
銀座へ出てみたが銀座をみてゐなかつた 降る雨ばかりをみに來たやうに銀座を歩いたあなたであつた
あつちこつちと歩いても まるで引き摺り歩いてゐるやうに實に重たい姿のあなたであつた
さういふあなたであつたそのあなたが それを言ふなと言ひさうなあの日のあなたの落第姿の重たさよ
お蔭でこのやうに 好きでもないろまんちすとになつたわけなんだが 今日のあなたを迎へるうれしさが 現實すぎて仕方もないのだよ
ガフカクヲシユクス
[やぶちゃん注:底本では詩句が二行目に亙る場合は一字下げとなっている。第一連二行目の「をはつた」はママ。初出は昭和九(一九三四)年十二月号『詩人時代』。この詩に詠まれた対象者「あなた」は誰であるか不詳。バクさん、三十一歳。……私は個人的にこの詩を異様に愛おしく感じる部類の人間である。……銀座を歩くしょぼくれた二人の後を、田舎染みた私が身に二人のしょぼくれた気持ちに全く同感しながら一緒に歩いている気持ちになるからである。……]