橋本多佳子句集「紅絲」 忌月
忌月
[やぶちゃん注:これは「九月」と三句目にあることから、亡き夫豊次郎(昭和一二(一九三七)年九月三十日逝去。享年五十歳)の忌月である。句の順列から考えると、この句は昭和二五(一九五〇)年の作と私は推定するが、とすれば十四回忌、節目となる十三回忌の翌年なればこそのある淋しさが「忌月」という標題に現われているように思われる。]
忌日眼に見ゆるちかさに青野分
忌日ある九月に入りぬ蝶燕
麻衾暁の手足を裹み余さず
[やぶちゃん注:「麻衾」は「あさぶすま」で麻布で作った粗末な夜具のこと。これは実際に粗末なのではなく(残暑も残るから薄いものではあったであろう)、多佳子の孤独感の表象である。]
くらがりに傷つき匂ふかりんの実
蟬声や吾を睡らし吾を急(せ)き
日の中にゐて露冷えに迫らるゝ
曼珠沙華咲けば悲願の如く折る
曼珠沙華からむ蘂より指をぬく
昏くして雨ふりかゝる曼珠沙華
瀬を流るゝとき曼珠沙華のもつれとけず
[やぶちゃん注:参考までに。単子葉植物綱クサスギカズラ目ヒガンバナ科ヒガンバナ亜科ヒガンバナ連ヒガンバナ
Lycoris radiata (別名の「マンジュシャゲ」又は「マンジュシャカ」はサンスクリット語“manjusaka”の音写。仏典に載る天界に咲ていて瑞兆を示すために天から降ってくる赤い花を指す。属名“Lycoris”はギリシャ神話に登場する海のニンフ(ネレイス或いはネレイドと呼ばれる)の一人、金髪の
“Lycorias”(リコリアス)に由来するものと思われる)。種小名“radiata”は「放射状」の意である。ここまでは主にウィキの「ヒガンバナ」その他のネット情報に拠った)の花言葉は「情熱」「独立」「再会」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」……「悲しい思い出」……そして「あきらめ」である……]