生物學講話 丘淺次郎 第十一章 雌雄の別 二 解剖上の別 (2)
蛙も魚類と同じく體外受精をするものであるが、産卵の際に雄が雌に固く抱き附いて居るから、恰も交尾して居るかの如くに見える。しかしてかく抱き附くのは一種の反射作用であつて、産卵期に雄の腹の皮膚を撫でると、何物にでも抱き附くのみならず、一旦抱き附いたものは、腦髓を切り去つても決して離さぬ。俗に「蛙の合戰」と名づけるのは産卵のために多數の蛙の集まつたのであるが、かゝる際には雄の蛙に固く締められて死ぬものが澤山に出來る位である。雄が長く抱き締めて居る中に雌は必ず産卵するが、それと同時に雄は精蟲を出し、しかる後に腕を緩め雌を離して、また自由に生活する。されば卵と精蟲との出會ふのは親の體外であるが、兩親が密接して同時に生殖細胞を出すから、卵が受精せぬ虞は少しもない。「ゐもり」も水中で産卵するが、この類では受精は雌の體内で行はれる。但し精蟲が雄の體から直に雌の體へ移されるのではなく、雄がまづ水底に精蟲の一塊を産み落とすと、雌が後からこれを肛門で銜へ、自身の體内へとり入れる。「ゐもり」は卵を一粒づつ遠く離して、水草などに産みつけるが、體内で受精が濟んで居るから、かゝることが隨意に出來る。もし蛙のやうに雄が始終抱き附いて居たら、これは到底出來ぬことであらう。
鳥類は他の陸上動物と同じく、受精はすべて雌の體内で行はれる。生まれた卵は已に受精後何時間かを經たものである。水中と違うて、精蟲は雄の體から必ず直接に雌の體に移されねばならぬが、普通の鳥類の雄には精蟲を雌に移し入れるための特別な器官もなく、また雌にこれを受けるための裝置もない。それ故精蟲を移し入れるに當つては、雌雄はたゞ生殖器の出口なる肛門を少しく開いて、暫時互に壓し合すに過ぎぬ。その狀は恰も肛門で接吻する如くであるが、かくすれば蛙や「ゐもり」の場合と違ひ、精蟲は少しも外界に觸れず、無駄なしに全部親の體から體へと移り得る便がある。
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