日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十三章 アイヌ 21 室蘭着
馬で行く内に我々は、二十頭の馬の一群が、路をふさいで進んで行くのに追いついた。我々がそれを追い越す前に、彼等は狭い小径へ曲り込んだ。この方が正規の路よりも、室蘭へは余程近いと聞いて、我々――といっても、仲間より遠かに前進していた矢田部と私とだが――もまた曲り、馬の群に従った。この小径は所々岩が多く、濡れていて、時に非常に急な山の背に達していた。小径は急な崖に沿うており、そしてそれ自身が傾斜している。私は若し馬がすべったら、どんなことになるだろうと考えた。こんな風にして三十分も行くと、我々は樫その他の木の密林をぬけて、尾根の一番高い場所へ出た。日の暮れ方で、気持のいい森の香や手を延して、上から下っている枝で拾えることの出来る奇妙な昆虫や、一列をなしてガラガラ進む変な馬や変な騎手たちによって、私は愉快な一時間をすごし、而もそのどの一分間をも、私は楽しんだ。私が危険に面したのは、只一ケ所であった。矢田部と私とは、いつの間にか馬群の中にまぎれ込んでいたが、片側が傾斜した岩壁で、片側が急な絶壁という場所へ来た時、一頭の馬が、路の内側を通って私を追い越し、そして列のさきの方の、従来自分がいた位置へ行こうとした。騎手は全力を尽して馬を引きとめようとし、また私も、この馬が鞍にすこぶる大きな荷を二つ頼積んでいるのを見て、危険をさとり、馬の鼻さきを力一杯ひっぱたいて、ようやく彼を制御した。小径には一列で馬を進める幅だけしか無かったから、私はさきへ急ぐことは出来なかった。若しこの馬の努力が効を奏すれば、私の馬は崖に押し出されて了ったことであろう。我々は全く暗くなってから、室蘭へ入った。ここは美しい入江に臨んで只一本の長い町通があり、四方に丘陵や低い山が見られる。この日我々は三十マイル以上も旅をした。私はその内十七マイル半を歩き、馬に疾走され、その他いろいろな経験をした結果、疲れ果てて早く床についた。
[やぶちゃん注:当時のルートがどのようなものであったかのか分からないが、これは現在の室蘭街道から、現在の地球岬の方を南下して回らず、現在の輪西町から御崎町辺りを山越えして現在のJR北海道室蘭本線のある室蘭側へと抜けたもののように読める。矢田部日誌で示した通り、白老を午前九時二十分に発ち、室蘭着が午後七時二十分であるから、ちょうど十時間かかっている。
「三十マイル」四八・二八キロメートル。私の推定ルートだとほぼ四八キロメートル弱を地図上で計測出来る。
「十七マイル半」二八キロメートル強。]
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