飯田蛇笏 山響集 昭和十二(一九三七)年 夏
〈昭和十二年・夏〉
楡がくり初夏の厨房朝燒けす
アカシヤに衷甸(ばしや)驅る初夏の港路
はしり出て藻を刈る雨に鳴く鵜かな
虹に啼きき雲にうつろひ夏雲雀
槻の南風飛燕の十字かたむけり
[やぶちゃん注:「槻」欅(けやき)。上句は「つきのはえ」と訓じていよう。この句、個人的に好きである。]
朝日夙く麓家の桐花闌けぬ
[やぶちゃん注:「あさひとく/ふもとやのきり/はなたけぬ」と訓ずるか。]
はつ蟬に忌中の泉汲みにけり
褸(る)のごとく女人のこゑや蚊ふすべす
軍雞乳(つる)み蕗の絮とびて夕映えぬ
[やぶちゃん注:「軍雞」は「しやも(しゃも)」、「絮」は「じよ(じょ)」でフキの花の綿毛様の種子のこと。]
ほとびては山草を這ふ梅雨の雲
梅雨風に楡がくれゆく戎克かな
[やぶちゃん注:「戎克」じゃ「ジヤンク(ジャンク)」“junk”(元来はジャワ語で船の意)。中国の沿岸や河川などで用いられている伝統的な木造帆船の総称。多数の水密隔壁により船内が縦横に仕切られ、角形の船首と蛇腹式の帆を持つ。この光景は一体どこでの嘱目吟であろうか? それとも想像吟か?]
反古燒却、ひそかに生靈もろもろの供養をとて 二句
茂山に反古の煙たつ供養かな
奥嶺より郭公啼きて反古供養
[やぶちゃん注:前書「もろもろ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
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