東の家と西の家 山之口貘
東の家と西の家
貸した畠はそのまゝ貸しっ放しで
地主のものでなくする仕組みなのだと
農地法の改正をひそかに
西の家では憎まずにはいられなかった
借りた畠はこのまゝ借りつ放しで
小作のものにする仕組みなのだと
農地法の改正をひそかに
東の家ではよろこばずにはいられなかった
ある日 神にそゝのかされて
どちらもじっとしていられなかった
西の家ではたとえ法が
どのように改正されたにしても
貸したものは貸したものなので
畠を返してもらいたいのだとかけ合った
東の家ではたとえ義理が
どのようになったにしても
法は法なので勝手に
畠を返すわけにはまいらぬと出たのだ
そこで話はもつれたのだが
神に消しかけられて
たがいに腹を立てたのか
この恩知らずめがとのしかゝれば
なにをこのばかやろと立ちあがって
もみ合い離れたり
なぐり合ったりなのだ
しかし軍配はどちらにもあがらなかった
東の家は頭の瘤をおさえたり
西の家はびっこをひいたりして
畠のまわりにうろついた
ところがまたしてもある日
ふたりは神にそゝのかされたのか
東の家では借りたその畠を
返すと言って申し出たのだが
西の家では貸したその畠を
返すには及ばぬと言い出したのだ
東の家ではそこでまた
法が法なのでこの間はつい
失礼なことをしでかしてしまったのだが
考えてみると借りは借りなので
畠はお返ししたいと出たわけなのだ
西の家でもそこでまた
貸しは貸しなのでこの間はつい
やむを得ないことをしてしまったのだが
考えてみると法が法なので
畠は返すに及ばぬと出たわけなのだ
いかにも事体は一変してしまい
いまはたがいにゆずり合って
なんともなごやかに見えることは見えるのだが
まったく意地のわるい神もあるものだ
畠はほしくてもいまにその畠に
かゝつてくる筈の税金に恐れをなして
どちらもひそかにその畠を
如何に手放すかを争っているからなのだ
[やぶちゃん注:本詩は詩集「鮪に鰯」には所収せず、旧全集にも所収しない。以下に示す初出以外では、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」で初めて公に活字として読むことが可能となった詩篇である(既に画像では沖繩県立図書館公式サイトの「山之口貘文庫」の「東の家と西の家」[山之口貘自筆原稿] A-C群で視認することは出来た)。ここでは同新全集の清書用原稿による本文を底本とした(将来的にはリンク先の原稿の視認電子化も行いたいと考えている)。同新全集では編者の松下博文氏に考証によって「事故」と「がじまるの木」の間に配されてある。考証の詳細は同新全集解題を参照されたい。
初出は昭和二八(一九五三)年六月号『新潮』である。
因みに詩集「鮪に鰯」には内容の異なった、しかし、同一の描写対象を素材としたと判断し得る、題名も相似した「西の家」(初出。昭和二七(一九五二)年三月一日発行の三月特別号『群像』)と「東の家」(初出・昭和二三(一九四八)年七月号『改造』)とが載っている。松下氏の解題には本詩が未収録となった『委細は不明』とある。可能性としては本詩「東の家と西の家」が発表された際にこの東西の家の孰れかの関係者が当該の詩を当事者の誰かに伝え、バクさんが直接間接に文句を言われたか、若しくは一見、あまりに露骨な個人への皮肉と中傷が含まれているように見えるところから、妻の静江さん辺りから注意されたかして、最終的にバクさん自身が掲載を取りやめたものかも知れないが、だとすればそうした皮肉をやはり個別に強く含んでいる「西の家」も「東の家」も外すとも思われ、確かに松下氏のおっしゃるように詩集未収録の真意は藪の中と言える。
この詩は沖縄県立図書館の「山之口貘文庫」の「東の家と西の家」の山之口貘自筆原稿群の解説によって、昭和一九(一九四四)年から昭和二十三年までの四年間バクさん『一家は空襲の激しくなる東京を離れて茨城の妻の実家に疎開し』、戦後も暫くそこで過ごしたが、『この作品はそのときの見聞をもとにした作品で』あることが判明する。リンク先は実に二百二十一枚に及ぶこの草稿なのであるが、松下博文氏は『戦後すぐに実施された農地改革に伴う〈地主〉(西の家)と〈小作農〉(東の家)の土地所有をめぐる争いを、〈法〉〈恩〉〈義理〉〈税金〉をキーワードにシリアスに描いています。改革の目的は、農業に従事していない大地主から土地を強制的に買い上げ、それを小作農に売り渡し、小作農が自らの農地で自活できるよう、地主と小作農の格差を埋めることでした。小作農は土地を貰い、地主は強制的に土地を取られるのですから、地主は納得できません。〈西の家〉の地主は〈恩〉と〈義理〉を持ち出し〈東の家〉の小作農を説得します。そしてついに、小作農は地主の説得に折れ、土地の返却を申し出ることになりました。しかし今度は、地主は返却には及ばないと申し出を断ります。〈法〉によって土地に〈税金〉が課税されることを知ってしまったからです』と非常に分かり易く纏めておられる。同解説には『この作品は遺稿集『鮪に鰯』に収録される予定でした。現存する『鮪に鰯』編纂用清書原稿の中に作品が収められていることからも明らかです。しかし詩集編集作業の折、何かの手違いで収録から漏れてしまいました。願わくは、当作品を収載した本来の形で『鮪に鰯』を読み直してほしいと思います』とあり、この解説で松下氏が、採用しなかったとは言わずに、わざわざ『何かの手違いで収録から漏れてしま』ったと述べておられるのは非常に意味深長である。リンク先、膨大な量の草稿ながら必見である。
ともかくも私は「西の家」「東の家」よりも遙かに優れたバクさん節のよく利いた佳品と思う。三詩を是非、併読比較してみて戴きたい。]