ある人に 佐藤春夫
ある人に
佐藤春夫
あなたの夢は昨夜(ゆうべ)で二度しか見ないのに
あなたの亭主の夢はもう六ぺんも見た。
あなたとは夢でもゆつくり話が出來ないのに
あの男とは夢で散歩して常談口(じやうだんぐち)を利き合ふ。
夢の世界までも私には意地が惡るい。だから
私には來世も疑はれてならないのだ。
あなたの夢はひと目で直ぐさめて
二度とも私はながいこと睡(ねむ)れなかつた。
あなたの亭主の夢はながく見つづけて
その次の日には頭痛がする………
白狀するが私は 一度あなたの亭主を
殺してしまつたあとの夢を見てみたい、
私がどれだけ後悔してゐるだらうかどうかを。
*
岩波文庫「春夫詩抄」より。
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