杉田久女句集 267 花衣 ⅩⅩⅩⅤ 「鶴の句」(全六十一句一挙公開)
鶴の句
[やぶちゃん注:全六十一句で「鶴を見にゆく」と「孤鶴群鶴」の二部からなる久女の大作。これらの長歌ともいうべき昭和九(一九三四)年十二月二十三日のクレジットを持つ随筆「野鶴飛翔の圖」を引き続いて電子化しておく。是非、併せてお読み戴きたい。吟行先である旧山口県熊毛郡八代村(現在の周南市)及びここに登場する鶴(ナベヅル)などについては「野鶴飛翔の圖」の方の私の後注を参照されたい。]
一 鶴を見にゆく
月高し遠の稻城はうす霧らひ
[やぶちゃん注:「稻城」「いなき/いなぎ」と読み、稲束を貯蔵する小屋のこと。ただ、私は次の「並びたつ稻城の影や山の月」や、後の「二 孤鶴群鶴」の「鶴の群屋根に稻城にかけ過ぐる」を眺めていると、これは稲城ではなくて稲木(いなぎ)、刈り取った稲を束にして掛け並べて干す柵や木組み(稲架(はさ)・稲掛(いねか)け)のことを指しているように思えてくる。そう読んだ方がロケーションとして遙かによい。]
並びたつ稻城の影や山の月
鶴舞ふや日は金色の雲を得て
山冷にはや炬燵して鶴の宿
松葉焚くけふ始ごと煖爐かな
燃え上る松葉明りの初煖爐
ストーヴに椅子ひきよせて讀む書かな
横顏や煖爐明りに何思ふ
投げ入れし松葉けぶりて煖爐燃ゆ
菊白しピアノにうつる我起居
霜晴の松葉掃きよせ焚きにけり
向う山舞ひ翔つ鶴の聲すめり
舞ひ下りてこのもかのもの鶴啼けり
[やぶちゃん注:「このもかのも」此の面彼の面。連語で、あちらこちら・そこここの意。]
月光に舞ひすむ鶴を軒高く
二 孤鶴群鶴
曉の田鶴啼きわたる軒端かな
寄り添ひて野鶴はくろし草紅葉
畔移る孤鶴はあはれ寄り添はず
雛鶴に親鶴何をついばめる
ふり仰ぐ空の靑さや鶴渡る
子を連れて落穗拾ひの鶴の群
鶴遊ぶこのもかのもの稻城かげ
遠くにも歩み現はれ田鶴の群
畔ぬくし靜かに移る鶴の群
一群の田鶴舞ひ下りる刈田かな
鶴の群屋根に稻城にかけ過ぐる
一群の田鶴舞ひすめる山田かな
親鶴に從ふ雛のやさしけれ
鶴の影ひらめく畔を我行けり
好晴や鶴の舞ひ澄む稻城かげ
[やぶちゃん注:「好晴」は「かうせい(こうせい)」で快晴のこと。]
群鶴の影舞ひ移る山田かな
鶴の影舞ひ下りる時大いなる
遠くにも群鶴うつる田の面かな
舞ひ下りる鶴の影あり稻城晴
枯草に舞ひたつ鶴の翅づくろひ
歩み寄るわれに群鶴舞ひたてり
大嶺にこだます鶴の聲すめり
近づけば野鶴も移る刈田かな
群鶴を驚かしたるわが歩み
翅ばたいて群鶴さつと舞ひたてり
大空に舞ひ別れたる鶴もあり
三羽鶴舞ひ澄む空を眺めけり
學童の會釋優しく草紅葉
冬晴の雲井はるかに田鶴まへり
旅籠屋(はたごや)の背戸にも下りぬ鶴の群
舞ひ下りて田の面の田鶴は啼きかはし
彼方より舞ひ來る田鶴の聲すめり
軒高く舞ひ過ぐ田鶴をふり仰ぎ
啼き過ぐる簷端の田鶴に月淡く
田鶴舞ふや稻城の霜のけさ白く
田鶴舞ふや日輪峰を登りくる
鶴なくと起き出しわれに露臺の旭
[やぶちゃん注:確信犯の字余りの多重露光が却って清冽なリアリズムを生んでいる。]
鶴舞ふや稻城があぐる霜けむり
鶴鳴いて郵便局も菊日和
家毎に咲いて明るし小菊むら
鶴の里菊咲かぬ戸はあらざりし
稻城かげ遊べる鶴に歩み寄り
好晴や田鶴啼きわたる小田のかげ
舞ひあがる翅ばたき強し田鶴百羽
鶴の群驚ろかさじと稻架かげに
近づけば舞ひたつ田鶴の羽音かな
この里の野鶴はくろし群れ遊ぶ
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