生物學講話 丘淺次郎 第十一章 雌雄の別 三 局部の別 (4ー2)
[「くも」の雌雄]
精蟲を雌の體内に移し入れるための雄の交接器は、輸精管の末端に當る處がそのまゝ延びて圓筒狀の突起となつて居るのが最も普通であるが、廣く動物界を見渡すと、必ずしもそれのみとは限らず、中には思ひ掛けぬ體部が交接の器官として用ゐられる場合がある。例へば「くも類」の如きはその一つで、雄は體の前部にある短い足狀のものを交接器として用ゐる。「くも」の身體は通常瓢簞の如くに縊れて、前後兩半に分かれて居るが、前半は即ち頭と胸との合したもので、こゝからは四對の長い足の外になほ一對の短い足の如きものが生じ、後半は腹であつて、その下面には細い割れ目のやうな生殖器の開き口が見える。短い足の如きものは運動の器官ではなく、ただ物を探り觸れ感ずるの用をなすもの故、これを「觸足」と名づける。交接するに當つては、雄は決して自分の生殖器を直接に雌の體に觸れる如きことをせず、先づ精蟲を洩らして自身の觸足の先に受け入れ置き、機を見て雌に近づき、その生殖器の開口に觸足を插し入れて精蟲を移すのである。「くも」類では通常雌は雄よりも形も大きく力も強くて、動もすれば雄を捕へ殺すから、雄は交接を終れば急いで逃げて行く。雄の觸足は精蟲を容れるために先端が太く膨れて居るから、その部の形さへ見れば雄か雌かは直に知れる。
[やぶちゃん注:「觸足」現在は「触脚」と表記するようである。タランチュラの例であるが、こちらの秋山智隆氏のサイトの「Breeding Tarantulas1」を開き、「† 雌雄を調べる †」のバーをクリックして開くと、画像とともに非常に分かり易い解説が載る(但し、クモが生理的にダメな人は見ない方が無難)。]
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