日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 日本語の指その他の身体部位の呼称
指や趾(あしゆび)の名前を聞いて知ったことだが、日本には「足の指」という以外に、趾を現す言葉がない。拇指は「大指」又は「親指」、食指は「人を指す指」、中央指は「高い高い指」、指環指は「薬指」又は「無名指」と呼ばれる。そして小指は、我々と同じく「小さい指」という名を持っている。スペイン語でも第三指、即ち指環指は「薬の指」というが、これはこの指が他に比して柔かいので、目に薬を塗ったり、目をこすったりするのに、十中八、九、この指を使用するからである。私が調べた僅かなインディアン語彙によると、趾は「足の指」と呼ばれる。歯もまた名前を持っている。門歯が「糸切歯」と呼ばれることは、日本の婦人連が我国の婦人連と同じ悪習慣を持っていることを示している。犬歯の日本語は「牙」である。臼歯は「奥歯」といい、智慧歯を「親無し歯」というのは、これが大抵、両親の死後現れるからである。眉は「目の上の毛」、捷毛(まつげ)は「松の毛」という。頸は「頭の根」と呼ばれる。踝(くるぶし)と手頸とを区別する、明瞭な名は無く、脚と手との「クビ」で、踝の隆起点は「黒い隆起」〔クロブシ〕と呼ばれる。これは素足でいる日本人にとって、この場所が一番初めによごれが目立つからである。むかはぎは「ムコーズネ」と呼ばれ、日本人はここを撲られると、ベンケーでも泣き叫ぶという。弁慶は非常に強い男であって、彼の力に関する驚嘆すべき話がいくつもある。
[やぶちゃん注:『日本には「足の指」という以外に、趾を現す言葉がない』原文は“the Japanese have no name for toes except "foot fingers."”英語では足の指は“foot finger”ではなく(但し、本文にある通り、モースによれば、アメリカ・インディアンはそう呼ぶらしい)“toe”で、因みに手の指の“finger”は通常、親指 “thumb”を除く 四指の一つを指すのに用いる。以下、この段は英語の原文で読んだ方が、恐らく興味深い文化的相違点がより明瞭になると思われるので、まずは全文を引いておくことにする。
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In inquiring about the names of fingers and
toes I found the Japanese have no name for toes except "foot
fingers." The thumb is called "great finger," or "parent
finger"; the forefinger is named "man-pointing finger"; the
mid-finger is known as "high, high finger"; the ring finger is
designated as "medicine finger" or "no-name finger"; and
the little finger bears the same name as with us, "little finger." In
Spanish the third or ring finger is also known as "medicine finger,"
as when we apply ointment to the eyes, or when we rub them, we nearly always
use the third finger, this finger being softer. In a few Indian vocabularies to
which I have referred the toes are called "foot fingers." The teeth
also have their names; the incisors, or front teeth, are called
"thread-cutting teeth," showing that the Japanese ladies have the
same bad habit that ours have. The Japanese word for "tusk" is the
name for canine teeth; the molars are called "back teeth"; while the
wisdom teeth are known as "no parent teeth," as they usually appear
after one's parents are dead. The eyebrow is called "hair over the
eye"; eyelashes are called "pine hairs." The neck is called
" root of the head." There is no distinct name for the ankle and
wrist, it is leg and hand kubi; the prominences on the ankle are called
"black prominences," as in their barefoot habits these parts show the
dirt first. The shin is called mukozune, and the Japanese say when this part is
struck even Benkei would cry. Benkei was a very strong man and marvelous
stories are told in regard to his strength.
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個人ブログ「Fragments」の「指の名前を英語で言ってみる」によれば、手の指の英語での呼称は、
親指 thumb
人差し指 index
finger, forefinger, first finger
中指 middle finger, second finger
薬指 ring finger, third finger
小指 little finger, pinkie, pinky, fourth finger
(pinkie と pinky はオランダ語由来とある)
であるのに対し、足の指は、
足の親指 big
toe, first toe
足の人差し指 second toe
足の中指 third
toe
足の薬指 fourth
toe
足の小指 little
toe, fifth toe
で、『調べてみても big toe と little toe 以外の指には、番号以外の呼び名はないようで』、『どこかにぶつけたりするのは、たいてい親指か小指のどちらかでしょうから、あまり話題に上ることもないのかもしれません』とある。なるほど。また、それ以外に日本語の指と同じく二十本全てを表す単語としては『 digit がありますが、これは医学用語で一般には使われないとのこと』ともある。面白い。
「親指」「人を差す指」和語では前者をお父さん指、後者をお母さん指とする呼称がある。
「高い高い指」中指は、和語では高高指(たかたかゆび:丈高指の転訛。)という呼称があり、他にお兄さん指とも呼ぶ(ウィキの「中指」に拠る)。
「薬指」ウィキの「薬指」によれば、『昔、薬を水に溶かす際や塗る際にこの指を使ったことに由来していると言われる説、薬師如来が右の第四指を曲げている事に由来するという説がある』とし、『和語ではお姉さん指、薬師(くすし)指、医者指といった、薬と関連する用例の他、用例としては新しい紅差し指(紅付け指)、用例としては最も古い名無し指(漢語では無名指との呼び方がある。)がある。方言の分布状況としては西日本で紅差し指系の用例が多く、東日本では薬指系の用例が多い』。『薬指の名称が薬師如来の印相に由来するという説では、第四指が薬指と呼ばれるようになった以降、呼び名からこの指で薬を塗るなどの俗習が広まったとする』とある。個人的には自分では未だかつて使ったことはないけれど、「紅差し指」がいいなぁ。
「小指」和語では赤ちゃん指。こんな言い方をすっかり忘れてしまっていた。……美しいなあ、和語は。
「親無し歯」底本では直下に石川氏の『〔親知らず〕』という割注が入る。本邦では他に「智歯」「知恵歯」等とも呼ぶ。所謂、第三大臼歯であるが、ウィキの「親知らず」の「語源」には、『赤ん坊の歯の生え始めとは違い、親がこの歯の生え始めを知ることはない。そのため親知らずという名が付いた』。『親知らずのことを英語では wisdom tooth とい』い、『これは物事の分別がつく年頃になってから生えてくる歯であることに由来する』とあるから、英語圏でも同様な語源であることが分かる。
「「目の上の毛」底本では直下に石川氏の『〔?〕』意味不明を指す割注が入るが、これはモースが「眉(毛)」の語源を聞いた相手が、「和訓栞」の「マウヘ」(目上)の約転説や「日本釈名」の「メウヘ」(目上)の説などを披歴したのによる叙述と思われる(「日本国語大辞典」に拠る)。
「頭の根」底本では同じく直下に石川氏の『〔?〕』意味不明を指す割注が入るが、これは「首根っこ」という語を英訳したものであろう。
「黒い隆起」底本では直下に石川氏の『〔クロブシ〕』という割注が入る。「クロブシ」は踝の転。ネット上の「日本語源辞典」の「くるぶし」には、『古くは「つぶふし」と言い、「つぶ」は「粒」の意味、「ぶし」は「節」の意味で、「つぶなぎ(「なぎ」は不明)」という語も見られる』とあり、『「くるぶし」の語は室町時代から見られ、近世後期の江戸では庶民の口頭語として「くろぶし」「くろぼし」とも言われた』。『くるぶしは、その丸みが「粒」とは言い難いことから、「つぶぶし」の「つぶ」が「くる」に変わったと考えられ、くるぶしの「くる」は、物が軽やかに回るさまの「くるくる」や「くるま」などの「くる」と同じであろう』とある。「日本国語大辞典」には「和訓栞」に「クルフシ」(転節)の義、「大言海」に「クルルブシ」(枢節)の約と語源説を載せるが、同辞典の「つぶぶし」(踝)には古くは「つぶふし」とあり、「日本語源辞典」の説明は説得力がある。]
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