橋本多佳子句集「紅絲」 秋蛾
秋蛾
沼の上に来て二星(ふたぼし)の逢ひにけり
七夕流す沼水流れざるものを
髪縋るぶんぶん二星逢にけり
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「縋る」は「すがる」と読み、「ぶんぶん」はカナブンブンのことで、狭義には鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科ハナムグリ亜科カナブン族カナブン亜族カナブン
Rhomborrhina japonica (緑色と銅色の個体がよく見られる)を指すが、一般人はコガネムシ科Scarabaeidae
全般、特に金属光沢のあるものをひっくるめてこう呼ぶから(ここまではウィキの「カナブン」に拠る)、コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ
Mimela splendens (成虫の体色は時に赤紫の混ざった光沢の強い緑色・赤紫色・黒紫色のものもある。ここはウィキの「コガネムシ」に拠る)などのコガネムシ類全般としておくのが無難であろう。ここでは私としては強い金属光沢の緑色個体のそれを配した方が絵にはなる気がする。]
いそぐほど銀河の流れさからひて
秋風にあさがほひらく紺張りて
髪を梳きうつむくときのちゝろ虫
[やぶちゃん注:「ちゝろ虫」蟋蟀(こおろぎ)の古称。]
ぬれ髪にちゝろは何を告げゐるや
吾に近き波はいそげり秋の川
淳子、三野明彦と結婚
母と子の間(あひ)白露の幾千万
[やぶちゃん注:「淳子」は多佳子の長女。結婚は昭和二十五年六月で当時、淳子は満三十歳。]
秋風に箏をよこたふ戦経て
三日月に死の家ありて水を打つ
沼水に捨てし秋蛾のそれぞれ浮く
[やぶちゃん注:私はかつて「鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十六(一九五一)年十一月二十九日附句稿百三句から二十一句」に採った以下の連句、
秋の蛾の人の如くに玻璃を打つ
どこからか昨夜の秋蛾のきたりけり
二夜來ていのちをはりし秋蛾かな
秋の蛾に玻璃は閉ぢられゐたるまま
に対して、次のように評した。
*
「秋蛾」の連句はうまい、これは橋本多佳子の『紅絲』の中にある「秋蛾」という標題句群を意識しているのかも知れないが、多佳子の「秋蛾」が「沼水に捨てし秋蛾のそれぞれ浮く」というクールな突き離し一句にのみ現れるのに対して、ホラー映画のように霊的な秋蛾を四カットで撮りきったしづ子の手腕は尋常な技ではない――この蛾は蛇笏が芥川龍之介の魂を「秋の螢」になぞらえたように、しづ子の愛する死者たちの魂である――
*
私はこの評を修正する意志は今も全く、ない。いや、それどころか、はっきり言おう、未発表に終わったこれらのしづ子の句の方が多佳子のそれよりも遙かに優れている、と――]
霧月夜美しくして一夜ぎり
穂草野に雀斑を濃く従へり
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「雀斑」は「そばかす」と読む。]
つくるよりはや愛憎や木の実独楽
ひと死して小説了る炉の胡桃
[やぶちゃん注:この折り、多佳子の読みし「ひと死して」「了る」「小説」、その題名、知りたや……]
握りもつ山栗ひとつ訣れ来し
山の子が独楽をつくるよ冬が来る
指に纏(ま)きいづれも黒き木葉髪
[やぶちゃん注:「木葉髪」冬の季語。十月の木の葉髪とも称する。陰暦十月初冬頃、木の葉の散る頃に髪の毛がよく抜けるのを、落ち葉に譬えていったもの。別に生理学的にはその時期に実際に抜け毛が多くなるわけではなく、老いと冬の侘しさと落葉の実景がをついそれを強く意識させることによるものと思われる。当時、多佳子五十一歳。]
此処去らじ木の実落ちてはころがる
[やぶちゃん注:多佳子には珍しい破調である。]
掌(て)の木の実ひとに孤独をのぞかるゝ
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