『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より逗子の部 名産 / 逗子の部~終了
●名産
此地の名産を以て稱すべきものは、濱邊のことゝて、松魚、鮪 常節(とこぶし)、鯵、鱚(きす)、海老、榮螺(さゞえ)、鱸(すゞき)、鹿尾菜、若布(わかめ)、藻屑(もくづ)の類 菓子に鶴の饅頭、月見饅頭、滯在の徒然には、召あがりて御覽せよ、風月岡野の味ひはなくとも、逗子の匂ひはすベし。
[やぶちゃん注:ここでは読み易くするために本文の一部に字空けを施した。
「鹿尾菜」は「ひじき」と読む。
「藻屑(もくづ)」モズク。但し、「水雲」「海蘊」(もずく)の語源説では海藻に巻きついて繁殖することから「藻付・藻着(もつく)」の意とする説があり、そう簡単にはこの表記を肯んずる訳には行かない。
「鶴の饅頭」「月見饅頭」孰れも銘菓としては不明。少なくとも私は知らない。逗子に行くといつも買う駅前の浪子(なみこ)饅頭ならいくらでも語れるのだけれど……。
「風月」洋菓子店として知られる銀座風月堂。公式サイト年譜によれば明治五(一八七二)年を正式な開業とするが、宝暦三(一七五三)年に初代大住喜右衛門が「大阪屋」を屋号として菓子屋を営んだのをルーツとし、寛政元(一七八九)年の項に『老中松平定信より「御定用・御菓子調進」を命じられる、栗饅頭を創製す』と創作饅頭が出、調べてみると、今も作っている。
「岡野」慶応から明治初期に浅草の駒形「岡埜栄泉」(おかのえいせん)から親戚筋五軒に暖簾分けされた和菓子屋の屋号。その一軒で現在も営業しているのは東京都台東区上野の「上野駅前岡埜栄泉」で、公式サイトの「店舗概要」には、『明治六年、上野駅ができる十年前に当地にて、「岡野ちよ」によって創業され百三十余年の歴史を経て現在に至る』。『暖簾分けされた五軒は、上野、根岸、本郷三丁目、森川、竹早町にあり、本家を含み、いずれも岡埜(岡野)姓であったが、弊店を除きいずれも閉店してしまっている』とある。この店か。現在も上用饅頭を作っている。]
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