日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 餅
図―490
図―491
図―492
モチは新年に好んで用いられる食品で、恰度ニューイングランド人が感謝祭と降誕祭(クリスマス)とに、沢山のミンスパイや南瓜のパイをつくるのと同じように、日本人も餅を調製する。これは、ねばり気の多い米の一種でつくられるが、先ずそれを適当に煮てから、大きな木の臼に入れ、長い棒で力つよくかき廻す。餅をつくっているのは、昨今往来でよく見受ける光景である。図490は、人々が生麪(なまこ)様のものを、かきまぜている所である。次にそれに米の粉をふりかけ、大きな木の槌で打つ。非常にべ夕べタしているので、槌がへばりついて了うこともある。北斎は、へばりつく塊から槌を抜こうとしている男を、漫画にした。このようにして、適宜にこねた後、平たい丸い塊にするが、時にそれは直径二フィートもあり、そして巨大なプディングに似ている。伸して、薄い盤状にすることもある(図491)。餅は多くの店で売られ、日本人は非常にこれを好む。食うと恐しくねばり気があって、不出来な、重くるしい麪包(パン)を思わせるが、薄く切ったのを火であぶり、焦した、或は褐色にした豆の粉と、小量の砂糖とをふりかけて食うとうまい。これは普通に行われる食い方である。図492は餅を供える一つの方法を示す。それは小さな竹製の机或は台で、下の棚には大な塊が二つあり、その周囲を稲の藁の環、常緑葉、条片に切った白紙、若干の羊歯(しだ)の葉が取りまいている。
[やぶちゃん注:「感謝祭」原文“Thanksgiving”。アメリカ合衆国とカナダの祝日の一つで、アメリカでは十一月の第四木曜日、カナダでは十月の第二月曜日に行われる。参照したウィキの「感謝祭」によれば、『感謝祭は、イギリスからマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したピルグリム・ファーザーズの最初の収穫を記念する行事であると一般的に信じられている。ピルグリムがプリマスに到着した』一六二〇年の『冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、翌年、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族からトウモロコシなどの新大陸での作物の栽培知識の教授を得て生き延びられた』。一六二一年の『秋は、特に収穫が多かったので、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待して、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる。イギリス人の入植者もワンパノアグ族も秋の収穫を祝う伝統を持っていて、この年のこの出来事は特に感謝祭と位置づけられてはいなかった。プリマス植民地で最初に祝われた』一六二三年の『感謝祭は食事会というよりもどちらかというと教会で礼拝を行って、神に感謝を捧げる宗教的な意味合いが強かった』とある(但し、この話のインディアン交流部分にはリンク先の後の方の「アメリカ合衆国における感謝祭の起源説」の項の再説部分に大きな疑義が示されてある)。『現代の感謝祭では、宗教的な意味合いはかなり弱くなっており、現代アメリカ人の意識の中では、たくさんの親族や友人が集まる大規模な食事会であり、大切な家族行事のひとつと位置づけられている』とある。「感謝祭の食事」の項には、『伝統的な正餐のメインディッシュとなるのは、角切りにしたパンを用いた詰め物(「スタッフィング(stuffing)」または「ドレッシング(dressing)」と呼ばれる)をした大きな七面鳥の丸焼きである。そのため、感謝祭の日は「七面鳥の日」(Turkey Day)と口語的に呼ばれることもある。切り分けた七面鳥にグレービーソースとクランベリーソースを添えて供する。ベジタリアン向けには、七面鳥を模し豆腐や麩で作った食品(トーファーキーなど)も市販されている』。『副菜には、マッシュポテトとグレービーソース、オレンジ色のサツマイモの料理、さやいんげんのキャセロールなどが一般的である。デザートには、アップルパイやパンプキンパイが供されることが多い』とある。
「ミンスパイや南瓜のパイ」原文“mince and pumpkin pies”。「ミンスパイ」はドライ・フルーツから作った「ミンス・ミート」を詰めたパイのこと。参照したウィキの「ミンスパイ」に、『クリスマスに食べる菓子として知られ、径数センチの独特の形で作られることが多い。ミンスミート(
mincemeat )とは元来は、ミンス(みじん切り)にした肉、つまりひき肉のことで、ミンチの語源でもある。しかししだいに、ドライフルーツを主体としたものに変化した』。『東方の三博士がイエス・キリストの誕生を祝うために捧げた没薬が、ミンスパイの起源と言われ』、『かつては果実や肉に香辛料と甘みを加えたものをパイ生地やビスケット生地で包んでゆりかごをかたどり、上面部に切り口を入れてイエスを表す小さな像を入れて焼き上げていた。この工程には、ゆりかごの中に神の子を置き、その誕生を祝っていた意味合いがあった』。『清教徒革命の際には偶像崇拝にあたるとしてミンスパイの製造が禁止されるが、間もなく禁止令は解ける。やがて、中に詰める具から肉が消え』、『また、イギリスが世界各地に植民地を持っていた時代になると、各地から様々な果実やナッツがイギリスに入り、ミンスパイの具として使用されるようになった』『現在は、リンゴ、ブドウ(干しぶどう)、柑橘類などが使われる。これらをみじん切りにし、ブランデー、砂糖、ケンネ脂』(スエット。牛や羊の腰の腎臓付近の脂身を言う)、『香辛料などを加え、煮込んだのち数日間寝かせ』て作る、とある。
「生麪」「麪」は音は「メン/ベン」で、訓で単漢字でも「むぎこ」と読む。生の麦粉。メリケン粉。
「北斎は、へばりつく塊から槌を抜こうとしている男を、漫画にした」「北斎漫画」の一枚を指す。個人ブログ『おしゃれに「きもの語り」』の「北斎漫画に見る江戸時代の仕事と衣裳①」に載る。
「二フィート」六〇・九六センチメートル。
「プディング」(pudding)は牛乳・鶏卵・砂糖を主材料として香料を加えて型に入れ、蒸し焼きにした菓子。カスタード・プディングやプラム・プディングなど。プリン。
「豆の粉」底本では直下に石川氏の『〔きなこ?〕』という割注が入る。]
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