生物學講話 丘淺次郎 第十一章 雌雄の別 四 外觀の別 (3)
[くはがたむし (右)雄 (左)雌]
[雌雄によつて色の異なる動物の例]
[一二 外國産「あげはてふ」の一種(一 雄 二 雌)
三四 めすぐろひようもん(三 雄 四 雌) 五六 大るり(五 雄 六 雌)]
[やぶちゃん注:「雌雄によつて色の異なる動物の例」の画像は底本では省略されている図版で、国立国会図書館蔵の原本(同図書館「近代デジタルライブラリー」内)の画像からトリミングし、補正をした。]
昆蟲類に雌雄の著しく違ふ例は幾らでもあつて、到底枚擧の遑はない。甲蟲のなかで、「さいかちむし」〔かぶとむし〕の雄には頭部に大きな突起があるが、雌にはこれがない。「くはがたむし」の雄は左右の顎が頗る大きくて、恰も鹿の角の如くに見えるが雌はこれが甚だ小さい。日本の螢は雌雄ともに飛ぶが、外國の螢には、雄だけが空中を飛び廻り雌は翅がなく、蛆の如き形で地上を匍うて居る種類がある。毛蟲を飼うて置くと、それから出る蛾が、雄だけは翅を具へ雌には全く翅のないやうな種類もある。蝶類には雌雄で色や模樣の違ふものが特に多い。「つまぐろひようもん」といふ蝶の雄は、豹の皮の如くに黄色の地に黑い斑點があるが、雌は前翅の外半分が黑いから直にわかる。また、「めすぐろひようもん」では、雌の翅は雄のとは全く違つて、前後ともに全部暗黑色の中に白い紋があるだけ故、誰の目にも同一種の蝶とは見えぬ。早くから日本の蝶類を調べて居た横濱のプライヤーという人の如きも、始はこの蝶の雌を全く別種のものと思うて居た。柳の枝によく止まつて居る「こむらさき」といふ蝶は、雌雄とも翅は元來茶褐色であるが、雄は見やうによつて紫色に輝き、實に美しい。しかるに雌はどの方角から見ても、決して紫色に光ることはない。このやうな例は幾つでもあるが、限りがないから略する。
[やぶちゃん注:「さいかちむし」甲虫の別名。「さいかち」は落葉高木のマメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属
Gleditsia japonica で、別名をカワラフジノキとも呼ぶ。参照したウィキの「サイカチ」によれば、漢字では「皁莢」「梍」と表記するが、本来、「皁莢」はシナサイカチ(
Gleditsia sinensis )を指すので注意。日本の固有種で本州・四国・九州の山野や川原に自生し、実などを利用するために(サポニンを多く含むため古くから洗剤として使用され、豆はおはじきなどの子供用玩具としても利用される)栽培されることも多い。『サイカチの幹からはクヌギやコナラと同様に、樹液の漏出がよく起きる。この樹液はクヌギやコナラの樹液と同様に樹液食の昆虫の好適な餌となり、カブトムシやクワガタムシがよく集まる。そのため、カブトムシを「サイカチムシ」と呼ぶ地域もある』とある。
「日本の螢は雌雄ともに飛ぶ」昆虫綱鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コメツキムシ下目ホタル上科ホタル科
Lampyridae に属するクシヒゲボタル亜科(エダヒゲボタル亜科)
Cyphonocerinae ・マドボタル亜科 Lampyrinae ・ホタル亜科 Luciolinae ・
ミナミボタル亜科 Ototetrinae・Photurinae 科に属するものをホタルと総称するが、参照したウィキの「ホタル」によれば、『メスは翅が退化して飛べない種類があり、さらには幼虫のままのような外見をした種類もいる』とある。そこには本邦には四十種以上のホタルがいるとあり、その代表的な種は以下とある。
ゲンジボタル
Luciola cruciata Motschulsky, 1854
ヘイケボタル
Luciola lateralis Motschulsky, 1860
ヒメボタル
Luciola parvula Kiesenwetter, 1874
マドボタル属
Pyrocoelia
オバボタル
Lucidina biplagiata Motschulsky, 1866
但し、丘先生は「日本の螢は雌雄ともに飛ぶ」と述べられているが、これらの内、どうも関ヶ原に棲息するマドボタル属
Pyrocoelia のオオクロマドホタル(何故か、学名はネット上では検出不能)は飛ばないとある(岐阜県大垣市小野にある市立小野小学校公式サイト内の「ホタルの疑問」に拠る)。
「毛蟲を飼うて置くと、それから出る蛾が、雄だけは翅を具へ雌には全く翅のないやうな種類もある」有翅昆虫亜綱新翅下綱
Panorpida 上目鱗翅(チョウ)目 Glossata 亜目
Heteroneura 下目ヒロズコガ上科ミノガ科 Psychidae に属する、所謂、「蓑虫」と総称している種の雌は多くの種の成虫が雌は翅も脚も持たないことはよく知られている(但し、ウィキの「ミノムシ」によれば、『脚を残している種や痕跡的に退化した翅を持つ種もある。中にはヒモミノガ類のように雌が雄同様に羽化する種も存在する』とあるので注意が必要)。
「つまぐろひようもん」鱗翅(チョウ)目アゲハチョウ上科タテハチョウ科ドクチョウ亜科ヒョウモンチョウ族ツマグロヒョウモン
Argyreus hyperbius 。ウィキの「ツマグロヒョウモン」によれば、『雌の前翅先端部が黒色で、斜めの白帯を持つのが特徴』的で、成虫の前翅長は三八~四五ミリメートル程度、『翅の模様は雌雄でかなり異なる。雌は前翅の先端部表面が黒(黒紫)色地で白い帯が横断し、ほぼ全面に黒色の斑点が散る。翅の裏は薄い黄褐色の地にやや濃い黄褐色の斑点があるが、表の白帯に対応した部分はやはり白帯となる。また前翅の根元側の地色はピンクである』。『全体に鮮やかで目立つ色合いだが、これは有毒のチョウ・カバマダラに擬態しているとされ、優雅にひらひらと舞う飛び方も同種に似る。ただしカバマダラは日本では迷蝶であり、まれに飛来して偶発的に繁殖するだけである。南西諸島ではその出現はまれでないが、本土では非常に珍しい。つまり、日本国内においては擬態のモデル種と常に一緒に見られる場所はなく、擬態として機能していない可能性がある』とあり、『雄の翅の表側はヒョウモンチョウ類に典型的な豹柄だが、後翅の外縁が黒く縁取られるので他種と区別できる』とある。長野市公式サイト内の環境保全研究所の「ただ今のウオッチング(2012年春)」の「ツマグロヒョウモン」の項に♂♀の写真が載る。
「めすぐろひようもん」ヒョウモンチョウ族メスグロヒョウモン
Damora sagana 。ウィキの「メスグロヒョウモン」によれば、『和名通りメスが黒っぽく、雌雄で極端に体色が異な』り、分類学上は一種のみで、『メスグロヒョウモン属 Damora に分類される。近縁のミドリヒョウモン属
Argynnis に組みこまれていたことがあり、その場合の学名 Argynnis sagana はシノニムとなる』とし、成虫の前翅長は三五~四五ミリメートルほどで、『和名通りメスの体は黒く、光沢のある青緑色を帯びる。前翅の前端に白帯、前翅の中央部に横長の白色紋が』二つあって、『後翅の中央部に白の縦帯がある。翅の裏側は表側より白っぽい。黄色の地に黒い斑点が散らばるヒョウモンチョウ類の中では特徴的な体色で、ヒョウモンチョウというよりオオイチモンジなどのイチモンジチョウ類に近い体色である。メスには類似種が少なく、判別しやすい』。『一方、オスは黄色地に黒い斑点の典型的なヒョウモンチョウ類の体色をしている。前翅には』三本の黒い横縞があるが、『これは大型ヒョウモンチョウ類のオスに見られる発香鱗条である』(発香鱗条とは蝶の翅の鱗粉の中で特殊な形状を示す、ある種の臭いを発する鱗粉のことを発香鱗と称し、この発香鱗粉が固まって生えていて筋のように見える部分を発香鱗条と呼ぶ)。『後翅表側のつけ根には細い黒線、後翅裏側の中央には稲妻状の白い縦帯がある。この体色はウラギンスジヒョウモンやオオウラギンスジヒョウモン、ミドリヒョウモンによく似るが、表側の前翅前端や後翅つけ根部分に大きな黒斑がなく、全体的に黄色部分が多い点で区別できる』。『オスとメスの体色がまるで別種のように異なり、チョウ類の中でも極端な性的二形をもつ』種で、『中央アジア東部から中国、アムール地方、朝鮮半島、日本まで分布する。日本では北海道、本州、四国、九州に分布し、南限は薩摩半島、大隅半島だが、屋久島までとする文献もある』とし、『分布域の中でいくつかの亜種に分かれており、このうち日本に分布するのは亜種 D. s. liane (Fruhstorfer, 1907) とされる』とあって、『日本産ヒョウモンチョウ類の中では分布が広い方だが、生息地は各地に散在しており、どこにでも生息するわけではない。環境の変化などで見られなくなっている地域もあり、レッドリストの絶滅危惧種に指定している都道府県がある』と記す。成虫は年一回だけ、六月から十月にかけて発生するが、『夏の暑い時期は一時的に活動を停止し夏眠するので、飛び回る姿が見られるのはおもに初夏と秋である。冬は卵、または若齢幼虫で越冬する』。『成虫は平地や丘陵地の森林周辺部に生息し、ツマグロヒョウモンに比べると湿った日陰の多い環境で見られる。飛ぶ速度はあまり速くなく、各種の花に訪れて蜜を吸う』。『幼虫は野生のスミレ類を食草と』しており、『終齢幼虫は藍色の地に黄褐色の突起がたくさん生えたケムシである』とある。リンク先で雌雄の違いが画像で見られる。
「プライヤー」ヘンリー・プライア―(Henry James Stovin Pryer 一八五〇年~明治二一(一八八八)年)。明治期に来日したイギリス人ナチュラリスト。ロンドン生まれ。明治四(一八七一)年に来日し、横浜の保険会社に勤めながら、日本各地の昆虫、特に蝶や蛾を採集した(同地で急逝)。単なるコレクターではなく、蝶を飼育して気候による変型を明らかにした研究は高く評価されている。主著は日本産蝶類の初の図鑑「日本蝶類図譜」(一八八六年~一八八九年刊)。本書の英文に和訳を添えたことに彼の見識が表れている。ブラキストンとの共著で「日本鳥類目録」(一八七八年~一八八二年刊)もある(以上は「朝日日本歴史人物事典」に拠る)。小西正泰氏のサイト「コレクターのショーケース」の「Henry J.S.Pryer "Rhopalocera Niphonica"
(1886-89)(プライヤー『日本蝶類図譜』)」は必見。
「こむらさき」鱗翅(チョウ)目
Glossata 亜目 Heteroneura 下目アゲハチョウ上科タテハチョウ科コムラサキ亜科コムラサキ属
Apatura metis 。ウィキの「コムラサキ(蝶)」によれば、『南西諸島を除くほぼ日本全国に分布する。雄の翅の表面は美しい紫色に輝くので、この和名がつけられた。和名は昆虫学者の高千穂宣麿の命名とされ』、『日本亜種の学名としては
Apatura metis substituta が用いられる』とある。『飛翔は軽快敏速で、特に午後から夕方にかけ、陽光のあたる樹上で活発に活動する。雄雌とも樹液や熟した果実に誘引され、花にはあまり訪れることがない。雄は湿った地面や動物の死骸に集まる習性をもつ』。暖地では五月頃から発生し始め、秋までに一、二回の発生を繰り返す(寒冷地では七月頃に一回の発生のみ)。『幼虫で越冬し、食樹の樹皮の皺などに密着して晩秋から春までを過ごす。一般に、多化する地域では春の発生個体がやや大型で、地色も暗いなどの季節型が認められる』。『遺伝的な多型現象を示すチョウとしても有名で、地色がオレンジ色の個体をしばしば「アカ型」、地色が暗色で明色紋が少ない個体を「クロ型」と呼ぶ。クロ型は静岡県や愛知県、能登半島、九州南部などに局地的に分布し、紫色の輝きがより強く見えるので、美麗な印象を与える。このような遺伝型が拡散せずに特定の河川流域に留まっているのは本種に移動性が乏しいことを物語っており、一見飛翔力が強そうなことから考えると意外である』と丘先生の叙述に現われる特徴が語られてある。『日本国外では東欧からカスピ海にかけて名義タイプ亜種
metis が分布し、広大なシベリアには分布の空白があり、日本の近隣地域では沿海州、モンゴル東部、中国東北地方、朝鮮半島に分布』しており、『大陸ではごく近縁のタイリクコムラサキ
Apatura ilia と一緒に分布し、一見分類が難しいが、日本ではタイリクコムラサキの分布が知られていない。古い文献では本種の学名が Apatura ilia と書かれていることが多いことからも理解される通り、かつてはタイリクコムラサキの亜種、あるいは型として扱われてきた歴史がある』とある。『コムラサキ亜科の各種はほぼ世界全域に分布し、主に暖帯から亜熱帯の森林や林縁を棲息地とする。その中でも、本種を含む
Apatura 属はヤナギ類を食樹に選ぶことにより、北半球の冷涼な地域に進出した種群であるといえる』。食性は、『幼虫は Salix(ヤナギ属)、Populus(ハコヤナギ属)といったヤナギ類を食する。通常は河川流域にある前者を選んでいることが多い。水辺のチョウといえる。生活史や幼生期の形態は近縁のオオムラサキやゴマダラチョウなどと似る』とある。『Apatura属に所属する他種は、以下の通り』として、
《引用開始》
Apatura irisイリスコムラサキ
戦前にはチョウセンコムラサキという和名が用いられた。欧州、極東ロシア、中国、朝鮮半島に分布する。英国では本種に対して Purple Emperor という名称を使用する。コムラサキ亜科の中では最も古くリンネによって記載され、Apatura 属の模式種である。
Apatura bieti ビエトコムラサキ
イリスコムラサキと近縁であるが、中国南部の高標高地にのみ分布する。
Apatura ilia タイリクコムラサキ
欧州、極東ロシア、中国、朝鮮半島に分布する。地域変異に富む。
Apatura laverna ラベルナコムラサキ
遼寧省から雲南省にかけて分布する。
《引用終了》
とある。因みに、『「コムラサキ」という名称は本種だけを指すのではなく、コムラサキ亜科に分類される他種も含んだ集合的な呼称として使われることもある。また、Apatura 属ではなくても「コムラサキ」の和名がつく近縁種としては、アサクラコムラサキ(台湾)、シラギコムラサキ(朝鮮半島)などが知られる。これらは戦前に日本人が命名使用していた名残として、現在も使われている』と附記する。チェコスロバキア語のサイトであるが、こちらで同種の雌雄の違いが画像で見られる。]
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