日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 モースの明治の帝都東京考現学(Ⅲ)羽根突き
図―477
遊戯は我国に於ると同様、時季に適っていて、只今の所では紙鳶あげ、独楽廻し、追羽子が最もよく行われる。歩いていても、車に乗っていても、よく羽子板で叩かれるが、必ず微笑と謝罪の言葉とがそれに伴う。道具は我々のとは違っている。羽子板は板で出来ていて、その一面には有名な英雄か、あるいは俳優に主題をとった、色あざやかな縮緬のこみ入った押絵がある。羽子板のある物の装飾は、非常に数奇をこらしてある(図476)。羽子はソープベリイの種子の種子(ムクロジ)で出来ていて、その一端では五木の羽毛が羽冠を形成する。これ等は五個を一組とし、竹のへげにはさんで売られる(図477)。これ等を売る店では、目もくらむばかりに美しく羽子を展観し、店外には普通、看板として大きな羽子板が出してある。図478は、好運の神ダイコクである。これは金銀の糸を織り込んだ、美しい色の錦繡の布地から出来上っているが、非常に安い玩具なので、粗末につくってある。図479は、追羽子をしている女の子の態度である。我我の羽子板は、サム、サム、サムという音を立てるが、日本のは固い種子を木の羽子板で打つので、クリック、クリック、クリックと聞える。
[やぶちゃん注:「紙鳶あげ」原文“Kite-flying”。
「独楽廻し」原文“topspinning”。
「追羽子」原文“battledore and shuttlecock”。この二語で現在も「バトミントン」さらには英和辞典自身に本邦の「羽根突き」の訳が載る。“battledore”は元来は古代のラケット・ゲームや十六世紀にフランスの貴族が行った日本の羽子板のように小さなラケットと羽根を突いてプレイしていたものから派生したイギリスのゲームを指し、現在、そこから生まれたバドミントンのプレーヤーが使う柄の長い軽いラケットを指す後者の“shuttlecock”は羽根突きの羽子(はご)やバトミントンのシャトルの意で、コルクにガチョウの羽根を刺して作った羽根が飛ぶさまを、雄鶏(cock)譬えた語である。
「ソープベリイ」原文“soapberry”。底本では直下に石川氏の『〔米国産無患子の一種〕』という割注が入る。“soapberry”はサポニンを多く含み、古くから石鹸として用いられてきたムクロジ目ムクロジ科 Sapindaceae 若しくは同科ムクロジ属 Sapindus の仲間を広く指す語。
「ムクロジ」ムクロジ科ムクロジ Sapindus mukorossi 。英名は“Indian soapberry”。本邦でも石鹸代わりに用いられ、種子は羽根突きの羽根の材料の他、古くより数珠玉に用いられたことから、特に寺院に植えられることが多い。
「我我の羽子板は、サム、サム、サムという音を立てるが、日本のは固い種子を木の羽子板で打つので、クリック、クリック、クリックと聞える。」原文は“Instead of the thum, thum, thum sound of our battledore, the sound
of the Japanese game is click, click, click, as the hard seed is struck by the
wooden battledore.”。“thum”の方はモースの擬音語のようで、一般的な単語としてはないが、ミツバチのブーンやブンブンに相当する“hun”があり、これに拠るか。“click”は「かちり」「カチッ」に相当する汎用的擬音語。]
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