今日のシンクロニティ「奥の細道」の旅 70 桃の木の其の葉ちらすな秋の風
本日二〇一四年九月 十日(陰暦では二〇一四年八月十七日)
元禄二年七月二十七日
はグレゴリオ暦では
一六八九年九月 十日
である。【その二】山中温泉での宿所和泉屋当主満十三歳の久米之助(後、甚左衛門)少年に桃妖の号を与えた際に少年へ与えた句。
加賀山中、桃妖(たうえう)に名をつけ給ひて
桃の木の其葉(そのは)ちらすな秋の風
[やぶちゃん注:「泊船集」。「菅菰抄附録」には前の「山中や」の句に続けて載せ、
おなじ時期桃妖に名をあたへて
と前書する。底本(岩波文庫中村俊定校注「芭蕉句集」)では『七月廿七日か』と推測してある。
俳号については前の句の注を参照にされたいが、これが如何に尋常でない格別の計らいであることに、お気づきになられただろうか?……「桃妖」の「桃」は……同時に……芭蕉庵松尾桃青という自身の俳号の一字を取ってもいるのである。「桃青」と「桃妖」……「秋の風」は老年を迎えた芭蕉を容易に通わす……その風に「其」の「葉」を「ちら」してはなるまいよ、と呼びかける芭蕉……「ちら」すまいとする芭蕉の心が動く……
無論、ここまで芭蕉が惚れ込んだ理由には聡明な美少年であった意外にも、この直前に芭蕉が体験した小杉一笑の死の事実による激しい心傷(トラウマ)が相当に強く影響を与えているものと考えてよい。その尋常ならざる老少不定の心的複合(コムプレクス)が、芭蕉をして「秋の風」を通してダイレクトに響き合うのである。二つの句を並べて見るがよい
塚も動け 我が泣く聲は 秋の風
桃の木の 其の葉散らすな 秋の風
――芭蕉切実の愛の命令形――である……]
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