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2014/09/20

杉田久女句集 275 花衣 ⅩLⅣ 附 草稿の恐るべき事実

  花の旅 六句

 

まだ散らぬ帝都の花を見に來り

 

[やぶちゃん注:以下六句は角川書店昭和四四(一九六九)年刊「杉田久女句集」では昭和八(一九三三)年のパートにあるが、富士見書房平成一五(二〇〇三)年刊の坂本宮尾「杉田久女」によれば、総て翌九年の四月の句である。同書の一四七~一四八頁に載る草稿メモによれば、四月十七日に東上、同月二十八日に東京を出立とあり、その間は横浜の長女昌子の山王寮に滞在している(以下の注もそのメモによる)。それによると、この句は四月十八日に昌子とともに『ホトトギス』発行所に高浜虚子を訪問した、その日の詠である。]

 

  茅舍庵

 

訪れて暮春の緣にあるこゝろ

 

[やぶちゃん注:四月二十五日に大田区池上の俳人川端茅舍を訪れた際の句(二十七日にも昌子とともに再訪している)。この年に彼は『ホトトギス』同人となっている。当時、茅舎は三十七歳(久女は四十四歳)であった。茅舎はこの七年後、肺結核のために亡くなった。]

 

  鎌倉虚子庵

 

虚子留守の鎌倉に來て春惜む

 

[やぶちゃん注:草稿メモによれば四月二十六日の訪問である。無論、句集序文の懇請のためであるが、虚子はすでにこの時、久女を疎んじていた。この不在も確信犯であろう。]

 

  由比ケ濱

 

身の上の相似でうれし櫻貝

 

[やぶちゃん注:同四月二十六日。久女はこの比較主体は虚子の長女星野立子(たつこ 明治三六(一九〇三)年~昭和五九(一九八四)年)である。虚子が留守であったことから、同じ鎌倉に住んでいた立子を訪ない、ともに由比ヶ浜を散策した。その際の句である。立子は昭和五(一九三〇)年に父虚子の後ろ盾によって初の女性による主宰誌『玉藻』を創刊しており、虚子にとって久女はある意味で目の上のたんこぶの存在であったと考えてよい。それが虚子の久女忌避の核心にあったのだと私は信じて疑わない。この句は後に出るように実は草稿では、

 

身の上の相似てうれし櫻貝

 

という真逆の句であった。宮本氏によれば、草稿は『最初は「似て」とあったものを、上から「似で」と濃く墨で直してある』とある。しかも余白には『朱筆で窮屈に小さな字で書き込みがあ』り、それは『「立子などと似てたまらないよ」と読める』という驚天動地の記載があるとする(「杉田久女」二二八~二二九頁)。この追記は後のものと思われるが、情念の人久女の、親の七光りの立子に対する、強烈な妬心がもろに出ていて読む者を震撼させる。]

 

種浸す大盥にも花散らす

 

[やぶちゃん注:草稿の同じ鎌倉訪問の四月二十六日の条に、前の「身の上の相似てうれし櫻貝」(「て」である)と並べて、

 

種浸す大盥にも花數片

 

とある句の再案であろう。この後、草稿メモによれば同二十六日には水原秋桜子に面会もしている。]

 

  茅舍庵

 

水そゝぐ姫龍膽に暇乞ひ

 

[やぶちゃん注:四月二十七日。草稿メモには、この句の草稿と思われる、

 

水そゝぐ姫りんどうにいとま乞ひ

 

(「りんどう」はママ)とある。

 因みに、宮本氏によれば、この草稿メモの東京を失意のうちに発った四月二十八日の条の余白には、やはり後日に書き記したと思しい、

 

この時久女の句集出版の邪マせし者は何人か。何かハワカつてゐる。

 

という恐るべき朱筆(!)の書き込みがなされているとある!]

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