日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 おせち料理
年の初めに、町々をさまよい歩き、装飾の非常に多数の変種を研究することは、愉快さの、絶えぬ源泉である。表示された趣味、松、竹その他の象徴的材料を使用することに依て伝えられる感情は興味ある研究題材をつくる。元旦、私は廻礼をしていて、店の多くが閉ざしてあるのに気がついた。町は動作と色彩との、活々した光景を現示する――年賀に廻る、立派な着物を着た老人、鮮かな色の着物を着て追羽子をする若い人々、男の子はけばけばしい色に塗った大小いろいろの紙鳶を高低いろいろな空中に飛ばせる。上流階級の庭園では、華美なよそおいをした女の子達が、羽子を打って長袖をなびかせると、何ともいえず美しい色彩がひらめくのである。非常に多数の将校や兵士が往来にいた。いたる所に国旗がヒラヒラし、殆どすべての家が、あの古風な藁細工で装飾されていた。子供が群れつどう町町を見、楽器の音を聞き、そこここに陽気な会合が、食物と酒とを真中に開かれているのをチラチラ見ることは、誠に活気をつける。私が訪問した所では、どこででも食物と酒とが、新年の習慣の一つとして出された。食物でさえも、ある感情と、それから満足とを伝達するのである。新年には必ず甘い酒が出されるが、それに使用する特別な器は、急須のような注口を持っており、鉉(つる)即ち磁器なり陶器なりの柄は、器の胴体と同一片である。これが急須の蒐集の中に混合しているのを、よく見受ける。
図―488
膳部は皿と料理に就ては、本質的にみな同一だから、その一つを写生したものを出せば、すべてに通用する。図487は酒、菓子、その他の典型的な膳部で、私が写生帳を取出してもよい程懇意にしていると感じた、日本人の教授の一人の家で出たもの。この絵はいろいろな品が、畳の上に置かれた所そのままを見せている。甘い酒を入れた急須は右手にあり、松の小枝と、必ず贈物に添えられるノシとが、柄についている。普通の酒は低い、四角な箱に納る瓶に入って給仕される。積み重ねた三つの、四角い漆塗の箱には、食物が入っている。食物というのは、魚から取り出したままの魚卵の塊、砂糖汁と日本のソースとに入った豆の漬物、棒のように固い小さな乾魚、斜の薄片に切り、そして非常に美味な蓮根(れんこん)、鋭い扇形に切ったウォーター・チェスナット〔辞書には菱とあるが慈姑(くわい)であろう〕、緑色の海藻でくるくる捲いて縛った魚、切った冷たい玉子焼、菓子、茶、酒(図488)。
[やぶちゃん注:「魚から取り出したままの魚卵の塊」数の子。
「砂糖汁と日本のソースとに入った豆の漬物」黒豆。図488最上部。
「棒のように固い小さな乾魚」田作り(ゴマメ)。図488上から二番目。
「斜の薄片に切り、そして非常に美味な蓮根」酢蓮。図488上から三番目。
「ウォーター・チェスナット」底本では直下に石川氏による『〔辞書には菱とあるが慈姑(くわい)であろう〕』割注が入る。原文“a water chestnut”。確かに英語辞書ではそう出るが、調べてみると別に、単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科ハリイ属シログワイ Eleocharis dulcis という種も英名で“Water chestnut”ということが分かった(ウィキの「シログワイ」に拠る。以下引用も)。シログワイ(別名イヌクログワイ)は根茎を食用とし、レンコンに似た食感と味があって美味である。インド原産の、多年生、水性の草本で、日本に広く分布するクログワイ
Eleocharis kuroguwai に似るが、より大型で、高さ一メートルを越え、穂が白っぽくなる。但し、注意して頂きたいのは、この「シロログワイ(白慈姑)」も「クログワイ(黒慈姑)」も根茎の形状がやや似ているために、かく呼称しているに過ぎず、実は本邦で正月に食す単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ品種クワイ Sagittaria trifolia 'Caerulea'とは別科の全く異なった植物で、根茎の食感も大きく異なる点である。ともかくもここ膳に出ているのはその真正の慈姑(クワイ)と考えてよかろう。但し、祝儀用に扇型に型抜きしたものらしいのだが、そうなると私は、これは目が出るに掛けたはずの芽出し慈姑としてはおかしく、寧ろ、大型の八つ頭(単子葉植物綱サトイモ目サトイモ科サトイモ Colocasia esculenta )なのではないかなどと考えた。識者の御教授を乞うものである。図488上から四番目。
「緑色の海藻でくるくる捲いて縛った魚」鰊の昆布巻きか。図488最下部。
「切った冷たい玉子焼」伊達巻。実は私はこれに目がない。]
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