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2014/09/30

耳嚢 巻之九 妖も剛勇に伏する事

  妖も剛勇に伏する事

 

 藝州の藩中に、名も聞(きき)しが忘れたり、至(いたつ)て剛勇の男ありしが、近ごろ主人の供して廣島へ至り、其頃交替の住居、程近(ほどちかく)になかりしが、至極都合宜(よろし)き屋舖(やしき)明(あ)き居たりしゆゑ右屋敷に住(すま)はん事をのぞみしが、右は妖怪ありて住人に災(わざあひ)ありと人々止(とめ)しかど、何條(なんでふ)さる事あらんとて乞請(こひうけ)て住居(すまゐ)せしが、其夜家なり抔して物凄きことども有(あり)しが、事ともせずしてありしが、江戸に住ける同家中の伯父來りて對面なしけるが、右伯父は、在所へ供せし事も不聞(きかず)、全(まつたく)怪物ならんと思ひしに、彼(かの)伯父申けるは、此住居は人々忌憚(いみはばか)りて住居するものなし、押(おし)て住(すま)はば爲(ため)あしかるべしと異見なしけるを、我等主人へ申立(まうしたて)、住居するうへは、爲あしかるべき謂(いはれ)なしと答えけるに、彼伯父大きに怒りて何か申罵(まうしののし)りけるが、其樣いかにも疑敷(うたがはしく)、全く怪異に無紛(まぎれなけ)れば拔打(ぬきうち)にきり倒し、妖怪を仕留(しとめ)けると下人を呼(よび)て其死骸を改(あらたむ)るに、怪物にもあらず、やはり伯父の死骸なれば大きに驚き、所詮存命難叶(かなひがたし)、腹切らんと覺悟極(きめ)けれど、所詮死すべきに決する上はと、猶又刀を拔(ぬき)て彼伯父の死骸の首打落(うちおと)し、猶(なほ)切刻(きりきざ)まんとせしに、彼死骸忽然と消失(きえう)せぬ。さればこそ妖怪なれと、猶まくらとりいねんとせしに、さもやせがれて怖(おそろ)しげなる老人出て、さてさて御身は勇氣さかんなる人なり、我(われ)年久敷(ひさしく)此家に住(すみ)て是迄(これまで)多く住來(すみきた)る者を驚(おどろか)し我(わが)永住となせしが、御身の如き剛勇の人に逢(あひ)て、今住果(すみはて)んことかたし、是より我は此所を立退(たちの)く間、永く住居なし給へといひて消えぬる由。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。本巻最初の本格怪談であるが、ロケーションが「藝州の藩中」であり、主人公は藩士の一人で「至て剛勇の男」とあること、またそこで起こる怪異の複雑な様態、さらに結末で物の怪が出現、男の剛勇に負けて退去するという話柄は、明らかに現在知られているところの「稲生物怪録」(いのうもののけろく/いのうぶっかいろく)が種本であると考えてよい。ウィキの「稲生物怪録」から引いておくと、「稲生物怪録」は寛延二(一七四九)年に備後三次藩(現在の広島県三次市)藩士の稲生武太夫(幼名平太郎)が体験したとされる長編の妖怪怪異譚とされるもので、江戸後期には国学者平田篤胤によって広く世間に知られるようになった「実話」怪談とされるものである。基礎定本とされるものの著者は柏生甫(かしわせいほ:以下に示す主人公と後に同役になった三次藩士)で、体験当時は未だ十六歳であった実在する三次藩士稲生平太郎が寛延二年七月の一ヶ月間に体験したという怪異をそのまま筆記したものと伝えられている。粗筋は、知れる相撲取りと行った肝試しにより、妖怪の怒りをかった平太郎の屋敷に、さまざまな化け物が実に三十日の間、連続して出没するも、平太郎はこれを悉く退け、最後には大魔王たる山本(さんもと)五郎左衛門から勇気を称えられて木槌を授かる、というものである(平太郎には非常に優れた守護霊がついていた)。奇怪至極の豊富な怪異を描いた絵巻物風のものもあり、『平太郎の子孫は現在も広島市に在住、前述の木槌も国前寺に実在し、『稲生物怪録』の原本も当家に伝えられているとされる。現在は、三次市教育委員会が預かり、歴史民俗資料館にて管理している。稲生武太夫の墓所は広島市中区の本照寺にある』とある。何を隠そう私も本作のフリークで関連の諸本を数十冊所持している。例えば最初に絵本化された「稲生平太郎物語」では、その九日目の夜の怪異として次のような話が載る。――知人の亮太夫という者(実は妖怪が化けたもの)が伝家の名刀を兄から借り受けて訪ねて参り、化け物を退治すると豪語して、石臼を斬りつけてしまい、刀を刃こぼれさせてしまう。亮太夫は、兄に申し開きが出来ぬ、とその場で切腹、平太郎は仰天、遺体をどう処理したものかと考えあぐんでいるところに裏口を叩く音がし、出て見れば、外には亮太夫の亡霊が立って恨み言を浴びせかける。屋敷内に立ち戻ってみると、最早、亮太夫の遺骸は消え失せていた――この怪異の結構は本話との類似性が認められるように私は思う。なお、平田篤胤は編した全四巻からなる絵巻物「稲生物怪録」(四種の異本から校訂)は既に文化三(一八〇六)年に刊行されている。「卷之九」の執筆推定下限は文化六(一八〇九)年夏であるから、体験時とされる時からは六十年が経っているものの、同書の刊行は三年前の直近、根岸が仮に読んでいなかったとしても、そこから都市伝説が派生するには十分過ぎる時間であろう。話の〆め方も都市伝説っぽい、裁ち入れである。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

  妖怪も剛勇には伏するという事

 

 安芸国の藩中に――これ、確かな姓名をも聞いたが、残念なことに失念致いた――至って剛勇なる男があった。

 しかもこれ、近年のこと申す。

 この男、主人の供をして広島へ参り、滞留致すことと相い成ったが、折り悪しく、近侍御用のための交替の住居がこれ、主人屋敷近くに見つからず困って御座ったところ、至極都合宜しき屋敷が空いておるとの話を耳に致いたゆえ、その屋敷に住まいせんことを望み、地元の者に仲介を頼んだところが、

「……実は……そのぅ……その御屋敷は……これ……よ、妖怪の御座ってのぅ……住める人に災いをなすこと……これ、御座いますれば、のぅ……」

と、何人もの者が借しきりその家に住まうを押し止めた。

 しかし男は、

「どうしてそんな馬鹿げたことが、これ、あろうか!」

と、強いてその屋敷の貸借を乞い請け、住まい致いたと申す。

 ところが、移り住んだその夜のこと、

――ズズ、ズン!

と奇っ怪なる家鳴(やな)りが致いた。

 しかし、男は何事もなかったかの如く平然と端座して御座る。

 すると今度は、突然、江戸に住んでおるはずの同藩家中の伯父が夜半に訪ねて参る。

 対面(たいめ)なしてはみたものの、男は内心、

『――かの伯父は、藩主が国元へ帰った折り、これ、お供を致いて戻ったとも、聞いてはおらぬ。――これ、全く、物の怪に相違あるまい――』

と踏んでおった。

 かの伯父は開口一番、

「……この住まい……巷にては、人々、忌み憚って住まいする者ものないと、聴き及んでおる……無理にもかく住まいせんとせば、それはそながために悪しきことにてなろうぞ!」

と、異見を始めた。しかし男は、

「――我ら、主人へ既にしてここを定宿(じょうやど)とせんことを申し立てまして、住まいと致しました上は、拙者がために悪しきことなど、これ、あろう謂(いわ)れは、御座らぬ!」

ときっぱりと応えた。すると、かの伯父、大きに怒って、口角泡を飛ばし、何やかやと罵しり謗って御座った。

 その様子――平素知れる叔父の所作や言動とも思われず――さればこそ、如何にもますます、その者が「伯父」なること、疑わしゅう感ぜられて参ったによって、

『――これは全くの怪異! 物の怪の類いに紛れなし!』

と心中に断じ、その場にて相手を抜き打ちに斬り倒し、

「――妖怪をし留めたりッツ!!」

と、下人を呼び、その死骸(むくろ)を改めさせた。

 ところが……怪物にもあらず……これ、死して変ずることものぅ……やはり、正真正銘の……伯父の死骸(むくろ)……

 さればこそ、男は大きに驚き、

「……かくなる不届きを犯したる上は……所詮、存命(ぞんめい)、これ、叶い難し! 我ら、ここにて腹、切らん!」

と、覚悟の言挙げをも成したれど、

「……所詮死せずんばならずと決した上は――」

と、なお、また、刀を抜き直し、

「……確かに伯父ごかどうか、一つ――かの伯父ごの死骸(むくろ)の首をも、打ち落とし――なお――それを寸々に切り刻んでみるに――若かず!」

と、やおら、かの死骸(むくろ)にたち向かったところが……

――死骸(むくろ)

――これ

――忽然と消え失せておった。

 さればこそ、

「――やはり妖怪じゃッたかい! はははッツ!」

と、呵々大笑するや、そのまま、その居間にごろりとなって、枕を取り、寝(いね)んと致いた。

 するとその目の前に……

――何処から湧いて出たものか

――さも、痩せがれて、何とも言えず、怖ろしげなる老人の、一人出て参り……

「……さてさて……御身は……まっこと……勇気の盛んなるお人ではある……我ら……年久しゅう……この家(や)に住みて……これまで実に多くの……住まんとせし者を……驚かしては……ずっと我が永住の地と……成して参ったれど……御身の如き……剛勇の人に逢うてはのぅ……これ……今となっては……かく住み続けんとすること……これ……し難きことじゃ……これより我は……ここを発(た)ち退(の)くによって……どうか……永く住みなし給え…………」

と、言うたかと思うと――ふっと――消えてしまった……とのことで……御座った。

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