日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 年始 / 合鴨
日本人は年頭の訪問を遵守するのに当って、非常に形式的である。紳士は訪問して、入口にある函なり籠なりに名刺を置くか、又は屋内に入って茶か酒をすこし飲む。その後数日して、淑女達が訪問する。元日には、日本の役人達がそれぞれ役所の頭株の所へ行く。また宮城へ行く文武百官も見受ける。外国風の服装をした者を見ると、中々おかしい。新年の祝は一週間続き、その間はどんな仕事をさせることも不可能である。この陽気さのすべてに比較すると、単に窓に花環若干を下げるだけに止るニューイングランドの新年祝賀の方法が、如何に四角四面で、真面目であることよ! ニューヨーク市で笛を吹き立てる野蛮さは、只支那人のガンガラ騷ぎに於てのみ、同等なものを見出す。
[やぶちゃん注:「その後数日して、淑女達が訪問する」夏目漱石の「こゝろ」で、Kが先生に衝撃の告白をする前段のシーンで「女の年始は大抵十五日過だのに、何故そんなに早く出掛けたのだらう」と質問する下りがあったのを思い出す。これは女正月(めしょうがつ)のことで、一月十五日の小正月前後の女性の年始回りを指す。正月は女性は家内の事始と親戚や年賀の挨拶客の接待で忙しくて休みがなく、年始廻りの挨拶も出来なかったため、年賀の行事が一段落した小正月の時期に一息ついたことから「女正月」と呼んだ。地方によって時期や内容が大きく異なるが、場合によっては男が家事一切を取り仕切って女を休ませる風習があった地方もあった。最早、このような習慣は都会では全く失われてしまった。
「役所の頭株」原文は“the heads of departments”。部門の長官。部長。
「支那人のガンガラ騷ぎ」原文は“the racket made by the Chinese”。中国人がする(旧正月を祝う)どんちゃん騒ぎ、の謂いか。]
図―489
我々の家へ、大きな、ふとった刁鴨(あいがも)二羽の贈物が届いた(図489)。これ等は四本の短い竹の脚を持つ、四角くて浅い籠に入っていた。刁鴨は野菜と緑葉と、三個の丸い檸檬(レモン)との上に置いてあった。刁鴨はお汁にし、檸檬はしぼってそれにかけるのだが、日本で物を贈る方法が、如何に手際よく、そして完全であるかは、これでも判るであろう。この国では贈物というものが非常に深い意味を持っている。そして如何に些少であっても、必ず熨斗(のし)がつけられる。
[やぶちゃん注:「刁鴨」この字の正しい音は「ちょうかも」である(この字は「悪い」「欺く」「乱れる」などのよくない意味を持っており、不詳。交雑種であることを指すものか。識者の御教授を乞うものである)。カモ目カモ科マガモ属マガモ品種アイガモ(合鴨)
Anas platyrhynchos var. domesticus 。野生のマガモ(Anas platyrhynchos)とそれを家禽化したアヒルとの交雑交配種のこと(アヒルの学名はアイガモと同じ)。]


