耳嚢 巻之九 氏康狐を征する歌の事
氏康狐を征する歌の事
狐出て樹木草園を荒し、又は女兒など誑(たぶらか)しなどするを、氏康聞(きき)て、
なつは來つ音に啼蟬のから衣おのれおのれが身の上に着よ
かく詠じければ、翌日の朝園中に狐ふたつになりて死せしと、或書にて見しと、石川翁かたりぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:妖狸(しかも歌が呪言となる点で酷似の話柄)に蟒蛇を挟んで妖狐譚と確信犯的連鎖である。鈴木氏の注とそれを受けた岩波版長谷川氏注によれば、本話柄と歌は他にも「醒睡笑」(八)・「北条五代記」(五)・「曽呂利狂歌咄」(三)などに載るとある。最後に所持する「醒睡笑」のそれを参考に掲げておく。
・「氏康」戦国武将として伊豆・相模・武蔵・上野を支配した小田原城城主で小田原北条氏第三代の北条氏康(元亀二(一五七一)年~永正一二(一五一五)年)。天文六(一五三七)年七月の武蔵河越城攻略の頃より家督継承者として政務に関与し始め、同十年七月に父氏綱死没前後には家督を継いでいる。翌十一年から十二年にかけて相模・南武蔵・伊豆等で検地を実施、同十四年には駿河の富士川以東の支配を巡って今川義元との紛争が再燃、不利な形勢下での講和によってこれを失った。しかし、翌十五年四月の河越城の戦いでは大勝、扇谷上杉氏を滅ぼして関東管領上杉憲政を上野平井城に敗走させた。以後、大石・藤田氏など、北武蔵の武将らが服属するようになり、内政面でも税制改革等を行って領国経営の基礎を固めた。天文二十年に憲政を平井城から白井城へと追い詰め、翌二十一年一月に遂に越後に敗走させている。また同年十二月には古河公方足利晴氏に対し、家督をその子義氏(母は氏綱の娘)に譲らせた。その後、富士川以東の地を奪回するため、駿河に侵攻する一方、武田・今川両氏と相甲駿(相模・甲斐・駿河)三国同盟を結んでいる。二十三年十一月には晴氏・藤氏父子を捕らえて相模波多野(現在の秦野市)に幽閉、義氏の家督を安堵させた。永禄二(一五五九)年二月には、主として家臣らへの普請役賦課の状況を調査させて基本台帳「小田原衆所領役帳」を作成、同年十二月に家督を子氏政に譲って隠居したとみられる。この代替わりと前後して北条氏の支城制はほぼ固まった。隠居後は氏政の後見として第一線を退いたものの、十二年閏五月に成立した相越(相模・越後)同盟は氏康が主導している。中風発病後一年余りで死去した。戦国時代にあって税制改革を初めとした諸経済制度の整備を成し遂げ、領国の支配体制を堅実に確立した武将の一人といえる(以上、私は戦国史に疎いため、「朝日日本歴史人物事典」の佐脇栄智氏の記載に全面的に拠った)。
・「なつは來つ音に啼蟬のから衣おのれおのれが身の上に着よ」総て平仮名で表記すると、
なつはきつ ねになくせみの からころも おのれおのれが みのうへにきよ
で、謂わずもがな、「なつは來つ音」に「夏は來つ」という季の到来を言祝ぐ意を掛ける。後に掲げる「醒睡笑」の、昼間に狐が啼くのを聴いて一座の者の一人が「これは不吉なることにて。忌むべき凶兆なれば」と口にしたところが、それを受けて即座に氏康が詠んだというコンセプトの方が遙かに分かり易い。則ち、そうしたお前が啼くことによる不吉なことの出来(しゅったい)――ここではお前がしでかしている幾多の凶事(まがごと)――は、お前自身こそが身に負うてしかるべきものだ、という一種の呪的な言挙げ(封じの呪(まじな)いをしているのである。
・「狐ふたつになりて死せし」この死に様にこそ、何か民俗学的な深層が隠されているように私には思われるのだが。識者の御教授を乞う。
・「石川翁」不詳。情報屋の一人らしい。「耳嚢 巻之八 狸人を欺に迷ひて死をしらざる事」に出る「石川」という人物と同一人物か。
■やぶちゃん現代語訳
北条氏康、狐を征せる歌の事
……狐が出没しては、城中の樹木や庭園を荒したり、また、家内にある女児などを誑(おびや)かしさえするなどということを、北条氏康が耳にし、
なつは來つ音に啼蟬のから衣おのれおのれが身の上に着よ
と詠じたと申す。
すると、その翌日の朝のこと、お城の庭園の中(うち)に、狐が一匹、身を二つに裂かれて死んでおったと、とある書物にて見申した……と、石川翁が語って御座った。
■やぶちゃん補記
安楽庵策伝著「醒睡笑」巻の八の「祝ひすました」の中の一話「昼狐の祝い直し」(本標題は校注者鈴木氏によるもの)に以下のようにある。底本は岩波文庫版鈴木棠三校注版(一九八六年刊)を用いたが、恣意的に正字化した。
氏康公(うぢやすこう)の城中にて、晝狐(きつね)の鳴きたる事ありき。「これはよからず。忌む事なるに」といふを聞きて、
夏はきつ音(ね)に蟬(せみ)のから衣(ごろも)おのれおのれが身の上にきよ
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