杉田久女句集 284 花衣 LⅢ 旅かなし 九句
旅かなし 九句
歇むまじき藤の雨なり旅疲れ
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「歇むまじき」は「やむまじき」でどうにも降り終んでくれそうにもない雨であることを言っている。]
蕨餠たうべ乍らの雨宿り
くちすゝぐ古き井筒のゆすら梅
わが袖にまつはる鹿も竹柏の雨
[やぶちゃん注:「竹柏」は「なぎ」と読む。梛(なぎ)。古来、神木とされる裸子植物門マツ綱マツ目マキ科ナギ
Nageia nagi のこと。奈良公園に接する春日大社のナギ樹林は大正一二(一九二三)年に天然記念物に指定されている。厄災除けや縁結びとして葉が用いられ、その葉を滴る雨が久女の「袖にまつはる鹿」(ここはイメージとしては牡鹿でありたい)、その鹿と久女の両方に雨が梛から滴る雨が「まつはる」というループを見逃してはならぬ。]
公園の馬醉木愛しく頰にふれ
拜殿の下に生れゐし子鹿かな
鹿の子の生れて間なき背の斑かな
旅かなし馬醉木の雨にはぐれ鹿
旅衣春ゆく雨にぬるゝまゝ