今日のシンクロニティ「奥の細道」の旅 94 胡蝶にもならで秋ふる菜虫哉
本日二〇一四年十月 四日(当年の陰暦では九月十一日)
元禄二年八月二十一日
はグレゴリオ暦では
一六八九年十月 四日
実質上の「奥の細道」の旅を大垣で終えた芭蕉は同地の大垣藩士近藤如行(貞享元(一六八四)年に蕉門に入った)の邸に滞在していた。本句はそこでの休養中、この二十一日頃に作られたとされる(ここの同定は新潮日本古典集成「芭蕉句集」の今栄蔵氏注に拠った)。
胡蝶(こてふ)にもならで秋ふる菜虫哉
[やぶちゃん注:「己が光」(車庸編・元禄五年自序)より。如行はこの句に、
胡蝶にもならで秋ふる菜虫哉
たねは淋しき茄子(なすび)一もと
と付け、さらに、
かくからびたる吟聲ありて、我下(しも)の句を次(つぐ)
と附記している。一種の『自己謙退』(今栄蔵)、『自身の境涯への感慨』(山本健吉)であると同時に、私にはまた一方、この「胡蝶」は「荘子」の荘周夢に胡蝶となるのそれと読むように仕組まれており、芭蕉の俳諧への執心を示す自己韜晦の句のように読めるのであるが、如何?]