文楽人形遣夢
如何にも不思議な夢を昨夜から今朝方にかけて、見た……
――それは時代物らしいが全く知らない通し狂言で、しかもその殆どが戸外で上演されるものである――但し、残念なことに私が人形偏愛の文楽好きなればならんからか――大夫の語りは記憶に全くない――
[やぶちゃん注:このような演出は1983年に岩波ホールで見た栗崎碧監督の「曽根崎心中」以外には私は例を知らない。以下の私の夢は、少なくともロケーションという点では、この映画の印象が遠く作用しているように思われる。]
初段は盆景のような泉水のある庭が神社の舞殿のような場所に作られてあって、それを私は鳥瞰で観客として見ているのである。
庭の池端には牛車(本体のみ)が引き入れられてある――
すると、主人公の男(文七の頭で商家の放蕩息子風。以後、文七と呼ぶ)が築山の中から失神したヒロインの姫を横抱きにして現われ(垂れた左右の振袖が鮮やか)、牛車へと乗り込んだ――
――文七を遣っているのは――吉田蓑助――である!
牛車は奇体に牛もいないのにそのままからからと音をさせて下手に消えて行のであった――
[やぶちゃん注:これは明恵の「夢記」の42(この通し番号は私の施したもの)の『殿下の姫君の御前と思しき人二人と共に、成辨以ての外に親馴(しんじゆん)之(の)儀を成す。横さまに之を懷き奉りて、諸共(もろとも)に車に乘りて行くと云々。但し、車に乘る事は、成辨と又姫公(ひめぎみ)と二人也』というシーンに基づくものである。昨夜は実は、この部分の注作業までで中断、本日、現代語訳をしようと寝床であれこれ思案しつつ入眠した。]
次の段は町家の大店の内部である。
やはり、どこかの戸外にセットされたものである。
[やぶちゃん注:映像で見たことがある淡路島の野外舞台が元であろう。]
そこに文七が奥からそわそわと現われる。
彼は、先の姫を老母や使用人にばれないよう、お店(たな)の奥の塗籠の中に隠している――
――ところが――この姫は――人ではなく――妖狐なのであった……
……というのが語りではなく、何となく分かるのであるが……
……ところが……ここで一旦幕が引かれ……何故か、私はその舞台の中に入り込んでいる……そしてその今のお店の舞台の裏へ行くと……
そこに文七を手にした蓑助がおり
「あんたがお初をやるんや――」
と否応なく命ずるのである!
[やぶちゃん注:「お初」とはこの「姫」のことを指している。言わずもがな、「お初」は本来は「曽根崎心中」のヒロインである。]
……女形の神様である蓑助の命に背くわけにも行かぬので、そこから私が姫を遣うことになるのだが、この外題自体の展開を知らないために、向後の舞台でどこをどう廻ればよいかさえ分からない始末に途方に暮れるのであった……
……有無を言わせず、舞台が開く――
妖狐を背後に燃えたたせているような奇妙な演出が施されている人形で、非常に扱いが難しい。何とか――文七とともに老母に対面し、新妻としてとりあえず許される――というところで幕が引かれる。
ところが楽屋へ下がると蓑助が待っていて、あのきっとした眼を向けると
「――お初が――可哀そうで――おます」
と一喝される。
しかし、これで役を下ろさせて貰えるのかと思っていると、
「次は山の四阿(あづまや)の段やで――早よ、行きなはれ」
と言われる。
四阿の段は実際の丘陵(それもその丘は何故か有刺鉄条網によって全体が囲われている)で、登りがきつい。
芝居はその山頂にある字際の古びた中国風の巨大な四阿と、古えの信仰の場であった磐座(注連縄をめぐらせた巨大なる岩石である)で展開するらしい。四阿には道教の神々の人形らが既に厳めしく待っているのであった。
私はすると内心、
『……してみると……この「お初」(「姫」)というのは……実は玉藻の前であったか?……』
と一人合点する。
私は演出の指示も何もされず、ただ途方に暮れて抜けるように青い秋空の丘の頂で「お初」の頭を携えたまま呆然と開演を待っている…………
* * *
この後に早朝全く別な第二話を見ており、それも幾分変な夢であったので記載しておく。
私は職場(高校)に出勤する途中の大船駅で前の職場の友人である同僚を見かける。
歩き方がおかしいので声を掛けると呂律が回らず、「こないだ、ひどい目に逢ったんだ」とだけ聞き取れるのである。
彼は脳の言語野をやられていると思った。
ともかくもと、私は彼を彼の職場にタクシーで送ろうと考えた。
ところが何故か、私は鎌倉大町にある私の父の実家の前で車を止めさせ、彼に待っているように言うと、家内に入って、やおら、風呂にのんびりと浸かってしまうのであった。
小一時間もして風呂から上がると、彼を待たしていたことを思い出し、玄関前に出て見ると、相変わらずタクシーが待っていて、先の友人が憮然として座っている。しかもその横には石破幹事長が相乗りしていて、その彼が「早く出ましょう」と急かすのであった。
[やぶちゃん注:言っておくが私は反自民で、しかも、あの秋刀魚の腐ったような眼の男が大嫌いである。そうして彼はこの相乗りのシーンにのみ出演してい
る。]
彼の職場に着くと、何故か職員室は女性の教員ばかりでハローウィンのパーティのように異様に陽気で賑やかである。
彼を彼のロッカー前まで連れて行ってやると、「まだ仕事をやめるわけにはいかないからな。ありがとう」とやはり呂律の廻らぬ口で礼を述べると一時間目の授業に間に合うように出て行くのであった。
[やぶちゃん注:このシーンやその後に面白いエピソードが幾つか入り映像の細部も細かに再現出来るのであるが、例によって論理的に分かり易くその面白さを記述するのが面倒(夢の面白さというものは極私的でしかもそういう部類のものである)なので割愛する。]
私は今度は自分職場に遅刻しそうであることに気づく。
ところが玄関で自分の靴が見当たらない。
何とか私は穿いて来た女物の銀ラメのハイヒール(?!)を探し出した。
しかし履いてみてこれは女物ではないか? と気づいて他を探す。
磨り減ったかつての私のボロ靴を見出してそれを履いて歩き出す。
数人の女子高校生らが私の後ろでクスクス笑っているのが聴こえる。
私は目の前にある岩の崖を攀じ登りながら、ふと足元を見る――
私の足は4本あって――行儀よく――ボロ靴とラメのハイヒールをそれぞれ片方ずつ左右に履いているのであった――
私はそれを見ながら……もともと私は4本足であったかのごとく平然と……「あ~あ、これじゃもう、遅刻だな」と呟くのであった……どろの崖にへばりつきながら…………