杉田久女句集 291 菊ヶ丘 Ⅶ 英彦山雜吟 百十二句(昭和十二年) (前編)
英彦山雜吟 百十二句(昭和十二年)
神前の雨洩りかしこ秋の宮
上宮は時じく霧ぞむら紅葉
上宮は雨もよひなり柿の花
谿水を擔ひ登ればほとゝぎす
橡の實や彦山(ひこ)も奥なる天狗茶屋
絶壁に擬寶珠(ぎぼし)咲きむれ岩襖
色づきし梢の柚より山の秋
よぢ登る上宮道のほとゝぎす
わが攀づる高嶺の花を家づとに
霧淡し彌宜が掃きよる崖紅葉
坊毎に懸けし高樋よ葛の花
花葛の谿より走る筧かな
幣(ぬさ)たてゝ彦山踊月の出に
[やぶちゃん注:「彦山踊」英彦山山開き前夜祭に行われる彦山踊りか。monogusa3 氏の動画をリンクしておく。]
初雪の久住と相見て高嶺茶屋
蕎麥蒔くと英彦の外(と)山を燒く火見ゆ
北岳にて 三句
はりつける岩萵苣(ちしや)採の命綱
岩萵苣の花を仰げば巖雫
岩萵苣の花紫に可憐なる
[やぶちゃん注:標高一一九二メートル。個人サイト「九州・大分附近の楽しい山ある記」の「英彦山 北岳」が素晴らしいので参照されたいが、結構、ハードである。ここを和装の久女が登るさまは、想像しただけで私は惹かれる。リンク先では岩萵苣(イワタバコ。後注参照)の写真も見られる。
「岩萵苣」キク亜綱ゴマノハグサ目イワタバコ科イワタバコ
Conandron ramondioides の別名。湿った岩壁に着生し、花が美しく、山草として栽培もされる。和名は葉がタバコに似ることに由来。若葉は食用にもなる。グーグル画像検索「Conandron
ramondioides」。]
彦山辨天岩
美しき神蛇見えたり草の花
[やぶちゃん注:個人サイト「kiyoのきまぐれ山歩き」の「檜原山」(英彦山六峰の一つ)の一番下の左に写真がある。]
ごそごそと逃げゆく蛇や蕨刈
[やぶちゃん注:「ごそごそ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
手習の肩も凝らざる日永かな
彦山の早蕨太し萱まじり
筆とりて肩いたみなし著莪(しやが)の花
汚れゐる手にふれさせずセルの膝
春服の子にさはらせず歩み去る
豐原氏より墨を戴く
石楠花によき墨とゞき機嫌よし
[やぶちゃん注:「豐原氏」不詳。]
全山の木の芽かんばし萌え競ひ
豐前坊
仰ぎ見る樹齡いくばくぞ栃の花
[やぶちゃん注:「豐前坊」既注。]
奉納のしやもじ新らし杉の花
英彦山九大研究所 八句
捕蟲器に伏せたる蝶は蛇の目蝶
捕蟲器に伏せ薊の蝶白し
蝶の名をきゝつゝ午後の研究所
芋蟲ときゝて厭はし黑揚羽
芋蟲ときいて戀さむ蝶もあり
捉へたる蜻蛉を放ちやりにけり
捕らまへて扶けやる蝶の命あり
葵つむ法親王の屋敷趾
[やぶちゃん注:「英彦山九大研究所」九州大学附属彦山生物学研究所。久女が訪れたこの前年の昭和一一(一九三六)年十月二十日に設置されている(現在名は九州大学農学部附属彦山生物学実験所)。
「法親王の屋敷趾」「英彦山観光ガイドブック」(PDFファイル)に、元弘三(一三三三)年、後伏見天皇第六皇子助有法親王が座主として迎えられて彦山山伏を統轄するようになった(この時から輪番制座主から世襲制座主となったとある)。城壁を思わせる石垣と黒門跡が残り、池泉鑑賞式庭園は桃山期の作とある。現在は旧座主院庭園として生物学実験所が管理しており、拝観には予約が必要。ほあぐら氏の「ほあぐらの美の世界紀行」の「九州地方の庭園」に写真と簡単な解説が載る。]
天碧し靑葉若葉の高嶺づたひ
六助の碑に戀もなし笹粽
[やぶちゃん注:「六助の碑」「六助」は加藤清正に従った武将毛谷村六助。既注。本句はリンク先の最後に注したおいた六助と論介の伝承に基づく感懐である。]
北岳を攀ぢ降りるなり岩躑躅
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