杉田久女句集 289 菊ヶ丘 Ⅳ
山中湖 七句
漕ぎ出でゝ倒富士見えず水馬
[やぶちゃん注:「倒富士」は「さかさふじ」、「水馬」「あめんぼう」と訓じていよう。]
栗の花紙縒(こより)の如し雨雫
おくれゆく湖畔はたのし常山木(くさぎ)折る
[やぶちゃん注:「常山木」シソ目シソ科クサギ
Clerodendrum trichotomum 。臭木(葉に悪臭があることに由来)。常山木という表記については、栗田子郎氏のサイト「草と木と花の博物誌」の「野の花便り-夏」の「クサギ」に、平安時代に中国産の常山(じょうざん)=ジョウサンアジサイ(ユキノシタ目ユキノシタ科或いはバラ目アジサイ科の
Dichroa febrifuga 。正式和名はジョウザン)をクサギと混同して以来の誤用である旨の解説が出る。]
柿吊す湖畔の茶店淵に映え
湖ぞひの道ながながと小春凪
[やぶちゃん注:「ながなが」の後半は底本では踊り字「〱」。]
うねりふす伏屋の菊も明治節
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「伏屋」は「ふせや」で低い小さな家。粗末なみすぼらしい家の謂いで、「明治節」は明治天皇の誕生日。現在の十月三日の「文化の日」。]
雨つよし辨慶草も土に伏し
[やぶちゃん注:「辨慶草」ユキノシタ目ベンケイソウ科ムラサキベンケイソウ属ベンケイソウ
Hylotelephium erythrostictum 。山地の日当たりの良い草地に生え、高さは三〇~八〇センチメートル、葉は卵形から楕円形で対生又は互生し、縁には疎らに鋸歯がある。九月~十月頃に茎頂に複散房花序を出し、淡い紅色の花を咲かせる(以上は「Weblio 辞書」の「植物図鑑」の「べんけいそう (弁慶草)」に拠った。リンク先には花の写真もある)]