橋本多佳子句集「海彦」 阿蘇
阿蘇
長崎の帰途登る、十数年振りなり
寄りゆけば寄り来(く)夏野の牛と吾
牛達の夜床(よどこ)野の草まだ短かく
肉桂(につけい)の香がする夏野の仔牛ねむし
[やぶちゃん注:「肉桂」クスノキ目クスノキ科ニッケイ属ニッケイ Cinnamomum sieboldii 。シナモン Cinnamomum zeylanicum と同属。]
放馬と寝たし夏野はるかに発破音
[やぶちゃん注:「放馬」は「はうば(ほうば)」と音読みしているらしい。]
噴く火見えず青き低山牛遊びて
砂千里をゆく
熔岩(らば)を積む道標熔岩の野の夕焼(ゆや)け
ひとり遅れつゝ
熔岩に汗しおのれの歩みあゆみつゞる
夕焼くる嶺が聚(あつま)る火の山へ
夕焼(ゆやけ)鴉熔岩野の寂に降りられず
[やぶちゃん注:多佳子は夫豊次郎を亡くした翌昭和一三(一九三八)年八月に三女啓子と四女美代子を連れて阿蘇・雲仙・長崎を旅行しているので、十六年振りの阿蘇であった。]
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