杉田久女句集 288 菊ヶ丘 Ⅲ 大乘寺 十句
大乘寺 十句
一椀の餉にあたゝまり梅雨の寺
實桑もぐ乙女の朱唇戀知らず
旅に出て病むこともなし栗の花
栗の花うごけば晴れぬ窓の富士
栗の花そよげば箱根天霧らし
かなかなに醒めて涼し午前四時
[やぶちゃん注:「かなかな」の後半は底本では踊り字「〱」。]
雲海の夕富士あかし帆の上に
ヨット見る白樺かげの椅子涼し
草の名もきかず佇み苑の夏
苔庭をはくこともあり梅みのる
[やぶちゃん注:「大乘寺」坂本宮尾氏の「杉田久女」の一六一頁に、「栗の花そよげば箱根天霧らし」と「かなかなに醒めて涼し午前四時」が掲げられて、『俳句研究』昭和一〇(一九三五)年九月号の「富士と旅人」十句の中の二句とあり、さらに『これは蘇峰の山中湖畔の別荘を訪れた折の吟であろう』と推測されておられる。大乗寺という寺は山梨県内に複数あるが、山中湖に近いそれとなると静岡県御殿場市仁杉(ひとすぎ)地区にある浄土宗のそれか。国道百三十八号沿いで、山中湖からは道なりで十四キロメートルほど離れている(由緒などは浄土宗公式サイトの「廣智山大乗寺」を参照されたい)。しかしこの寺からヨットが見えるというのは地図上からは位置的に無理がある。同定が正しいか、識者の御教授を乞う。]

