林檎の核 歌十七首
[やぶちゃん注:以下は底本全集第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」に所収する短歌群の一つ、「林檎の核」歌群。末尾のクレジットによれば大正二(一九一三)年七月十三日の作である。圏点「ヽ」は、編者注に従って推定復元したものである。]
林檎の核
歌十七首
1
ヽ若き日は既に過ぎ去り
今の我は
いたくすえたる林檎の核(たね)なり
2
ヽ生くること、此の頃思ふ
悲しきは夕ぐれて酒場の軒をくぐるなりけり
3
故鄕を遠く放れて
夕まぐれ
居酒屋の窓に口笛を吹く
4
ヽしんしんたる水の音かな
汽車はまた
トンネルを出でてゝひたに走れり
[やぶちゃん注:「ひた」は底本では傍点「ヽ」。]
5
いかなればきちがひの如くになりて走るや
旅人の步む悲しき途をば
6
ヽ今日もまた
酒場を出で一切に思ふ
旅に出づること、旅に出づること
7
何事もこの空虛をば充たすなし
酒宴の床(ゆか)に今日も醉ひ伏す
8
ひとりなり、わが獨り身なるはいと悲し
我とても人間の生きものなれば
9
たれにてもあれ
我れと步み行く人はなきか
盃を合はす友はあらざるか
10
いかなれば我れは哀しき
あゝいかなれば
いかなればこそかくは孤獨なる
11
利根川の河原を步めば
石ころが、我れに蹈まれてさゞめきにあへり
12
ほの暗きこの部屋の隅に座るは我なり
いたく哀しみて死を思ふありさま
13
ヽかくまでにわが魂(たましひ)をみつめたる
無氣味さよ、無氣味さよ
眞晝なり
14
影なりき、わが影なりき
たれかよく
己が影をば捕ふるをえん
15
七月中旬(なかば)
わが心狂へりと泣く
さる程に向日葵(ひぐるま)の花は咲けり
16
大いなる、瞳(め)はあかく常に燒ゆ
卑怯ものは背後(うしろ)に笑へり
17
ヽかんかんたる酷熱の日に
きりもなく
赫土(あかつち)の上に續ける蟻の列かな
17[やぶちゃん注:並列復元(後注参照。「かんかん」は底本では傍点「ヽ」。]
ヽかんかんたる酷熱の日に
きりもなく
黑く續ける蟻の列かな
(一九一三、七、十三)
[やぶちゃん注:以上「17」二首は底本では一首であって、「赫土の上に」と「黑く」の部分が同位置に横に併置(別案)されているのを復元したものである。]

