歌 萩原朔太郎 (短歌七首)
[やぶちゃん注:以下は底本全集第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」に所収する短歌群の一つ、「歌」歌群。クレジットはないが、二つ前の文語自由詩「秋」の最後に大正二(一九一三)年八月二十三日のクレジットを持ち(前の「目無し魚」はクレジットなし)、次の文語自由詩「戀魚夜曲」が同年五月のクレジットである(本創作ノートのクレジット時系列は必ずしも順番になっていない)。]
歌
あづさ弓かへらぬひとの戀ひしさに
くれ初めてふる雪のはかなさ
いく山川越え行く旅ぞ黃ばみたる
單衣の汗も泣かまほしけれ
夏山の麓より燕まひのぼり
大空かけりて行方知らずも
若きより悲しきものはまたとあらぢ
うす情さへ忘られなくに
まんどりん、ちゝろちゝろとわが彈けば
なにが哀しく魚の嘆くぞ
やつくちに手をさし入れて並びゆく
いつもの君のくせをこそ思へ
[やぶちゃん注:「やつくち」八つ口。他に「身八つ口」「脇明(わきあけ/わきあき)」などとも呼ぶ。女性用・子供用の和服の脇の開き部分のことをいう。由来は着物の口が八つ(身頃の脇の「身八つ口」・袖のふりの「振り八つ口」・「袖口」と襟・裾の八箇所の「あき」)があることからとも、袖付けの下を左右に分けて出来る口であることから、「八の字」の形に分かれることからとする説もある。男物にはない。これは江戸時代以降、女性の帯幅が広くなった上に胸高に帯をするようになると、上腕部の自由が奪われたことから、手の動作をより楽にするために施された工夫で、子供物のそれは、帯代わりの付紐を通すための穴であると言われる。その他にも、通気効果や体温調節、着付けの際に手を挿入して整えるためや授乳時の開口部としての機能も持っている(「きもの館 創美苑」の「きもの用語大全」の「八つ口とは」に拠った。和服を着ない私には大層、勉強になった。リンク先に感謝する)。]
やまざとは雨しげきのさはにあれば
矢車菊の色まさるなり