飯田蛇笏 山響集 昭和十三(一九三八)年 秋
〈昭和十三年・秋〉
無花果熟れ白鵞卵を地に産みぬ
無花果にゐて蛇の舌みえがたし
樹の栗鼠に蔓の鴉は通草啄(は)む
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「通草」は「あけび」。木通。]
書に溺れ秋病むこゝろ驕りけり
山童(やまのこ)に秋の風吹く萱の蟲
遊龜公園
水の鵞に秋ゆく月のなじみけり
[やぶちゃん注:現在の山梨県甲府市太田町にある甲府市遊亀(ゆうき)公園。参照したウィキに「遊亀公園」には『太田町公園とも呼ばれる』とあり、ネット検索をかけると、かつては太田町公園と呼ばれていたと認識している方もおられる。『公園敷地は時宗寺院の一蓮寺旧境内で、近世甲府城下町の町人地(新府中)の南端にあたる寺内町』で、明治七(一八七四)年に『境内敷地の一部が県へ移管されて公園となり、甲府城跡にある舞鶴城公園に対して命名され』、大正六(一九一七)年に甲府市へ移管されて大正八(一九一九)年には『公園内の南隅に附属動物園が開園し』ているとある。「靈芝」の昭和十一年の句に、
太田公園
白鳥に娘が韈(ソツク)編む涼みかな
という句があり、この「太田公園」とここは同一と思われる。]
蘆の花水光虹を幽かにす
秋寒や瑠璃褪せがたき高嶺草
K―氏祖母の葬儀に會して
駕の僧嚏(はなひ)り露の簾を垂れぬ
[やぶちゃん注:「駕」この当時、若しくは葬儀を執り行う主僧はまだ駕籠に乗ったものか? 識者の御教授を乞うものである。]
地蜂燒く秋の※土ぬくもりぬ
[やぶちゃん注:「※」=「山」+「戔」。この字は音「サン・ザン」で、山の険しい形容である。「ざんど」と読んでおく。]
草童のちんぼこ螫せる秋の蜂
あな凄(すご)の秋蜂燃ゆる火を螫せり
秋の蜂巣を燒く土にころげけり
えんやさと唐鍬かつぐ地蜂捕
白猫(はくめう)の見れども高き歸燕かな
秋燕に日々高嶺雲うすれけり
蟬捕つて瞳の炫耀をみれば秋
[やぶちゃん注:「炫耀」「げんえう(げんよう)」光り耀くこと、また、耀かせることを言う。「瞳」を「め」と読んでいよう。]
秋暑く曇る玉蜀黍(もろこし)毛を垂れぬ
蟬とりし蜘蛛をかすめて秋の蜂
時化すぎて高萩しるく花つけぬ
時化すぎて高萩しるく花つけぬ
鬼灯に岸草の刃もやゝ焦げぬ
[やぶちゃん注:「岸草の刃」とは川岸のアシやヨシの類いの葉のことか? 今一つ、句のイメージが湧かない。識者の御教授を乞う。]