杉田久女句集 297 杉田久女句集未収録作品 Ⅲ
間引菜洗うて水切る笊や破れゐし
庭の菜を笊にうづたかし小春緣
箒すてて根深の肥に去りにけり
小包の繩切る柿の庖丁かな
箒目こまやかに葉雞頭のまはり掃きにけり
[やぶちゃん注:特異点の確信犯の字余りの句である。底本でも文字の詰めが最も著しい。ここまで見てくると、久女の非凡さが既に現われている。久女は句作のスタートに於いて既に意識的に音数律を壊して意識的に新たな久女の世界観を開こうとしていると私には読める。]
ひやゝかの竈に子猫は死にゝけり
[やぶちゃん注:私が久女の初期秀句として一番に選んだ句である。当時の女流の句に盛んに言われた『台所俳句』(この呼称は実に厭らしい。誰とは言わないが、あいつの名づけそうな実に悍ましい分類である)としても、これは他の追随を許さぬ美事な句であると私は断言する。]
夜寒さや棚の隅なる皿小鉢
魚に酢の利く間や菜を間引きけり
[やぶちゃん注:「菜」は「サイ」と音で読んでいるか。]
柿むいて澁に染む手の幾日かな
冬の朝道々こぼす手桶(をけ)の水
[やぶちゃん注:「をけ」は「手桶」のルビ。大正六(一九一七)年一月発行の『ホトトギス』(「台所雑詠」欄)への久女初掲載句の一句。]
凩や流しの下の石乾く
[やぶちゃん注:大正六(一九一七)年一月発行の『ホトトギス』(「台所雑詠」欄)への久女初掲載句の一句。]
妻若く前掛に冬菜抱きにけり
[やぶちゃん注:大正六(一九一七)年一月発行の『ホトトギス』(「台所雑詠」欄)への久女初掲載句の一句。既にして芸術的なスカルプティング・イン・タイムの句である。]
蠣飯に灯して夫を待ちにけり
[やぶちゃん注:「夫」は「とま」と訓じていよう。]
霜に映りて竈火震ふや霜の朝
霜に出して燃す七輪の屑炭(ガラ)赤し
[やぶちゃん注:「屑炭」の「ガラ」とルビ。]
枯菊の根の泥石を掘りて來し
氷豆腐の笊つる枝や北斗冴ゆ
[やぶちゃん注:パースの利いた、しかも凄絶なシャープさを持った秀句と私は思う。]
外厠に婢の行く音や夜半の冬
[やぶちゃん注:「外厠」は「とがはや」と訓じているか。]
魚見せて呼べど猫來ぬ寒さ哉
こはばりて死にし子猫や冬の雨