晩秋 萩原朔太郎(短歌十二首)
[やぶちゃん注:以下は底本全集第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」に所収する短歌群の一つ、「晩秋」歌群十二首。クレジットはないが、直前にある文語自由詩二つ「からたちの垣根」と「偶成」が大正二(一九一三)年十月二十三日のクレジットを持ち、さらにその前のノン・クレジットの文語自由詩「晩秋」も含めて、この三詩篇と同一の情景をここでは短歌として詠んでいることが分かる。従って同日か若しくは遠からぬ後日の作歌と考えてよい。取消線は抹消を示す。]
晩秋
いつしかに秋もおはりて停車場の
便所の扉(とびら)が風にはためく
[やぶちゃん注:「おはりて」はママ。]
新町の停車場前の掛茶屋に
酒などのみて見たる晩秋
水のほとりのあづまや
悲しき別れの日に
けふすぎて水際に嘆けるべこにやも
いかでや人にそがひ泣くらむ
こゝろばへやさしきひとゝくれ方の
水のほとりをあゆむなりけり
ふとこゝろ悲しくなりて場末なる
女郞屋の秋を見に行きしかな
うきぐものゆきゝもしげき山の端に
ほのしらしらと咲ける露ぐさ
靴さきにすこしなぢめる薄氷(うすらひ)を
朝の役所にさびしみるひと
[やぶちゃん注:「なぢめる」はママ。]
◦橋の上にも柳ちりかふ
ゑねちやのごんどらびともしづこゝろ
なくてややなぎ散りすぎにけり
[やぶちゃん注:「ゑねちや」は底本では傍点「ヽ」。編者注によれば、この詞書の上には小さな「○」が付されている、とあるので再現した。]
みちもせに俥俥(くるまくるま)と行きかへる
なにしか菊の節會なるらむ
めづらしき薄氷(うすらひ)をみて裝(そう)ぞける
宮城野部屋のけさのきぬぎぬ
[やぶちゃん注:「そう」のルビはママ。]
うぐゐすの池端(ちへん)に鳴けば夜をこめて
まくらべに散るべこにやの花白きべこにや
停車場の栅にもたれて日蔭者
しみじみ秋を侘ぶるなりけり