杉田久女句集 291 菊ヶ丘 Ⅶ 英彦山雜吟 百十二句(昭和十二年) (後編)
かの絶唱
蝶追うて春山深く迷ひけり
はここに出る――
*
雉子
愛しさよ雉子の玉子を手にとりて
奪られたる玉子かなしめ雉子の妻
雉子かなし生みし玉子を吾にとられ
雉子たちし草分け見ればこの玉子
雉子鳴くや都にある子思ふとき
雉子の妻驚ろかしたる蕨刈
今たちし雉子の卵子を奪り來たり
杉の月佛法僧と三聲づゝ
若葉濃し雨後の散歩の快く
つなぎ牛遠ざけ歩む蓮華かな
南へは降りず躑躅を眺めけり
杉くらし佛法僧を目のあたり
奉幣殿にて 一句外
疑ふな神の眞榊風薫る
病快し雨後の散歩の若葉かげ
杖ついて誰を待つなる日永人
平凡の長壽願はずまむし酒
物言ふも逢ふもいやなり坂若葉
會釋して通る里人蕨摘む
先生に逢うて蕨を分け入れし
燒けあとの蕨は太し二三本
歩みよる人にもの言はず若葉蔭
若葉蔭佇む彼を疎み過ぐ
宮ほとり相逢ふ人も夏裝ひ
よぢ下りる岩にさし出て濃躑躅
里の女と別れてさみし芽獨活掘る
やうやうに掘れし芽獨活の薰るなり
[やぶちゃん注:「やうやう」の後半は底本では踊り字「〱」。]
芹摘むや淋しけれどもたゞ一人
竹の子を掘りて山路をあやまたず
百合を掘り竹の子を掘る山路かな
百合を掘り蕨を干して生活す
ふと醒めて初ほとゝぎす二三聲
かたくりにする山百合を掘るといふ
魚より百合根がうまし山なれば
一人靜か二人靜かも摘む氣なし
杉の根の暗きところに一人靜か
彦山の天は晴れたり鯉幟
滿開のさつき水面に照るごとし
早苗束投げしところに起直り
雨晴れて忘れな草に仲直り
逢ふもよし逢はぬもをかし若葉雨
花散るなようらく躑躅心あらば
[やぶちゃん注:太字「ようらく」は底本では傍点「ヽ」。「ようらく躑躅」はツツジ目ツツジ科ヨウラクツツジ属
Menziesia のツツジの仲間。本邦産はコヨウラクツツジ(小瓔珞躑躅)Menziesia pentandra やウラジロヨウラク(裏白瓔珞)Menziesia multiflora などは七~八種がある(ウィキの「ヨウラクツツジ属」及びそのリンク先に拠る)。グーグル画像検索「Menziesia」。]
日が照れば登る坂道鯉幟
菖蒲ふく軒の高さよ彦山(ひこ)の宿
美しき胡蝶なれども氣味惡く
秋蝶とおぼしき蝶の翅うすく
枯色の品よき蝶は蛇の目蝶
蝶追うて春山深く迷ひけり
[やぶちゃん注:久女の名吟として一読、忘れ難い句であるが、坂本宮尾氏の「杉田久女」(三二頁)によれば、この句、かく本句集の終りの方(終わりから五十六句目)に配されており、しかも後の編年式編集の角川書店昭和四四(一九六九)年刊「杉田久女句集」では昭和十年以降のパートに置かれてあるが、実は本句は、驚くべきことに、何と、久女が句作を初めて一年足らずの、『ホトトギス』大正六(一九一七)年七月号の「春の山十句集」に載ったものものであるとある。私は一種、イメージとしての久女の辞世として本句を措定しているが(この事実を知ってもそれは変わらないのであるが)、本句をものした当時の彼女は未だ二十七歳であったのである。]
美しき胡蝶も追はずこの山路
道をしへ法のみ山をあやまたず
道をしへ一筋道の迷ひなく
何もなし筧の水に冷奴
花過ぎて尚彦山の春炬燵
なまぬるき春の炬燵に戀もなし
風呂に汲む筧の水もぬるみそむ
風呂汲みも晝寢も一人花の雨
咲き移る外山の花を愛で住めり
梨花の月浴みの窓をのぞくなよ
窓叩く鮮人去りぬ梨花の月
日が出れば消ゆる雲霧峰若葉
田樂の燒けてゐるなる爐のほとり
田樂に夕餉すませば寢るばかり
田樂の木の芽をもつと摺りまぜよ
田樂の木の芽摺るなり坊が妻
苔庭に散り敷く花を掃くなかれ
石楠花に全く晴れぬ山日和
花の戸にけふより男子禁制と掟て棲む
垣間見を許さぬこの扉山櫻
風に汲む筧も濁り花の雨
ひろげ干す傘にも落花乾きゐし
齒のいたみ衰へ風邪も快く
石楠の恥ろふ如く搖れ交す
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