杉田久女句集 292 菊ヶ丘 Ⅷ 寶塚武庫川にて 昭和十四年 十句
寶塚武庫川にて 昭和十四年 十句
熟れそめし葉蔭の苺玉のごと
露の葉をかきわけかきわけ苺つみ
[やぶちゃん注:「かきわけかきわけ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
朝なつむ苺の露に指染めむ
綠葉にかくさうべしや紅苺
朝日濃し苺は籠に摘みみちて
手づくりの苺食べよと宣す母
病む母に苺摘み來ぬ傘もさゝず
初苺喰ませたく思ふ子は遠く
村孃に夕燒あせぬ苺摘
刈りかけて去る村童や蓼の雨
[やぶちゃん注:底本年譜の昭和一四(一九三九)年の条に、『上阪して、実母を訪ね、一か月滞在。六月、「プラタナスと苺」四二句(俳句研究8)。せめて一冊の句集を持ちたいという念願は、戦時下の悪条件のため実らず、また編者(昌子)はそのことに寄せて思いとどまるよう説得した。作品をかき油絵を描いて日日を過ごしたが、生きる張合いを失った心境を吐露した手紙を受け取るたび心が痛んだ』とある。この時、母さよは八十五歳であった(母の東京からの移転は定かでないが、彼女は元来が兵庫県出石市宮淵出身であった)。言わずもがなであるが、久女はこの三年前の昭和十一年十月に虚子によって突如、『ホトトギス』を除籍されている。理由の公開も通達もない全く突然の同人削除であった。]
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