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2014/10/31

1978年8月22日(21歳)の夢

以下は僕の1978年8月22日の日記にある夢記述である。当時、21歳、大学4年の夏の帰省(富山)中である。
僕の夢記述の中でも非常に詳細なものの一つで、彫像を乗せた墓の印象が強烈であった。以前にも申し上げた通り、まさにこの前後に最も夢記述にハマり、夢現の境がなくなるという意識変調を起こした頃の一つである。
夢の中の配置図や、見た彫像の墓のスケッチも含まれ、この程度まで「記述出来るまでになってしまう」例として示すこととした(実際にはもっと長いものもかなりある。そうした古い印象的な夢については、幾つかを既にこのブログ・カテゴリ「夢」で書いている。例えば『「プロビデンス」夢」』である)
当初、電子テキスト化しようと考えたが、面倒なのと、電子化作業で夢を整序していると疑われるのも不本意であるので(これは日記帖であって誰かに読まれることを意識していない点でも創作性は極めて低いと言ってよい)、汚い文字で誤字も多く(「蜂蜜」「捜」等)、スケッチも拙いので正直、お恥ずかしいのであるが(これが半年後に国語教師になる人間の書いたものとは思えない)、特に彫像墓の図をそのままに示したいという欲求を抑えられないので、恥を忍んで日記そのままを画像で示すこととした(計七ページ)。
文中のプライベートな人名が出る箇所は匿名化若しくは文字削除し、概ね個人を特定出来ないようにしてある(男性は「君」、女性は「さん」とした)。石原裕次郎が特別出演しているのはご愛嬌(何だろう? 当時、昼間に再放送していた「太陽にほえろ!」か?)。最後に注を附した。

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・「伏高」富山県立伏木高等学校。僕の出身校である。僕は父の転勤で、大船から小学校終えた後、富山県高岡市伏木に引っ越し、中学高校をそこで過ごした。
・「A君」この人物についてだけはどうしても注しておきたい。僕の小学校時代の忘れ難い数少ない親友の一人であった。彼については「忘れ得ぬ人々 8 A君」に書いた。そこをお読み戴くと、彼とこの後の「修学旅行」の関係性が分かって頂けるのではないかと思われる(僕には少なくとも腑に落ちるのである)。
・「修学旅行」事実とは異なる。僕は高校の修学旅行は体験していない。信じ難いかも知れないが、当時の富山県の公立高校の普通科は全県で修学旅行がなかった。因みにだから僕は高校教師時代、修学旅行でハメを外した生徒たちを実は本気で叱ったことがないのである。僕が高校生だったら、そうしたかったことを、彼らはやっていたから、である。
・「よしのや依緑園」金沢の山中温泉の宿。この直前の8月14日から16日まで父母と金沢白山を廻って山中温泉に15日(終戦記念日で二年前に亡くなった母方の祖父の祥月命日でもあった)に泊まっている。日記によれば、永平寺の俗悪さに嫌悪し、平泉寺の幽邃さに爽快感を感じたことが記されている。山中温泉では夏祭りの太鼓が鳴っていた。三人で夜、旅館のバー・コーナーに行き、ヘネシーのブランデーを飲んで美味かったと記してもいる。
・「もどった顔」ここでこの男の顔が正面から見えたという意味である。
・「二つの九品寺」世田谷奥沢の九品仏浄真寺と鎌倉材木座にある九品寺のこと。
・「C先生」僕の実際の伏木高校一・二年時の担任だった英語の先生で、殆んど生徒を叱ったことのないとてもリベラルな尊敬出来る先生であった。因みに、僕はこの二ヶ月前に伏木高校で教育実習を終えており、C先生を始めとして多くの先生方によくして頂いた。とても楽しい実習で、ここに出てくる女生徒というのも、恐らくはその時に担任として芥川龍之介の「羅生門」(!)を授業した商業科の女子生徒のイメージであろうと思われる(因みに商業科は45名定員で男子生徒は2人だけであった)。
・「(27文字削除)」ここは原文では具体的な人名を挙げて、三体の彫像を特定人物として夢解釈している(3体に対して4名の名を挙げておいて、二人目は執拗に黒く塗り潰しており、判読が出来ない)。

因みに、どうも今回再読するに、この夢のキーは「脱ぎ散らかした履き物というモチーフ」にあるように感じられた。

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